2020年01月19日

女性グループ(ソムリエンヌ)吉野薬師寺の座禅体験と高井の千本杉見学

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11月6日(水)女性グループ・ソムリエンヌ10名と檀家さんとヨーガ指導者2名とで、桜井駅に集合して宇陀市榛原の「高井の千本杉」を訪ねました。

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<高井の千本杉>

県指定の天然記念物である幹周囲25m、高さ45mの千本杉にみんな圧倒されました。旧伊勢街道沿いにあり、約1m四方の古井戸(現在は空井戸)の周囲に植えられた杉が成長して根元が癒着されたと言われています。樹齢は約700年とされています。所有者は個人で「千杉(ちさん)白龍大神」として祀られています。

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<吉野薬師寺の石垣>

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<ご本尊・薬師瑠璃光如来> 

次に吉野三茶屋の薬師寺に向かいました。薬師寺は曹洞宗のお寺で、本尊は薬師瑠璃光如来、江戸時代に創建されました。基壇の石垣は名古屋城の石垣を作った者によると伝わっていて、見事な石垣です。

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中條雅道住職は永平寺で2年間修業された後、釈尊の真の教えを知りたく、さらにパーリ語を学ばれました。
「釈尊は瞑想(座禅)により、悟りに至り、心と体のバランスを保ち、偏らない心で安定した日々を送られ、寂滅されました。」とお話がありました。

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鐘の音を合図にそれぞれ小さなしっかりしたお座布団に結跏趺坐(これに近い坐り方)して、半目(これは私には難しいことでした)になり、静かに呼吸をしながら座禅を始めました。10分後、鐘の合図で終わりました。少し休んで、もう一度座禅をしましたが、2度目は少し長目でした。私は頭が白くなったような気分でした。中條住職は「鳥の声や周りの音もただ聞き流すということで、偏った考えから解放され、心が安定してきます」と言われたことが、心に残りました。

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そのあと静かなお堂で、ヨーガの指導者によりヨーガを行い、心身ともにリラックスできました。吉野の山々の清々しさもあり、爽やかな気分で帰路につきました。

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<吉野薬師寺にて記念撮影>
 
 
文・写真 女性グループ(ソムリエンヌ)平越真澄

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2020年01月11日

保存継承グループ 天理市:石上神宮の「神庫祭(ほくらさい)」見学記

「神庫」とは天理市布留町、石上神宮の禁足地の南西に建つ御神宝を収蔵する庫であると同時に、神格の宿るところとされています。同神宮では毎年大晦日に「神庫祭」を斎行して神宝の安泰を祈願されています。

同神宮の神宝の中でも有名な国宝「七支刀」(4世紀)や重文「鉄盾(てつたて)」(5世紀)はこの神庫に収蔵されてきた伝世品とされています。現在は他の神宝とともに昭和55年(1980年)に完成した宝物収蔵庫に収められているそうです。
  
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<国宝の石上神宮拝殿。拝殿奥が禁足地>

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<境内に生息するニワトリ。神鶏とも呼ばれます>

その「神庫祭」に限って神事参列者は神宝が祀られていた禁足地へ特別に入ることが許されるのです。令和初の大晦日、保存継承グループ有志ら11名を含む、全体で約50人が参列しました。

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<神庫祭が始まる前、禁足地入り口近くで。正面奥に神庫の屋根が見える>

午後2時半ごろ、お正月準備が整う拝殿近くに集合。曇天で雨も心配されていたのですが、午後3時、神事開始を告げる太鼓の音とともに禁足地への門が開かれるころ、雲間からは青空が広がりました。神職による祓え詞奏上のあと、参列者一同、斎員によるお祓いを受けてからいよいよ禁足地へ。(禁足地では一般の写真撮影は認められていません。)

剣先状の石製瑞垣で囲まれた神域とあって、普段は閉じられている門から一歩足を踏み入れた途端、今まで感じていた大晦日のざわついた気が一変。凛とした空気が清浄さを感じさせました。足元には鮮やかな緑の苔の絨毯が広がり、鳥のさえずりが心地よく響き渡っていました。

目の前には本殿、その南西に建つ二戸前の校倉が「神庫」です。同神宮ホームページによると、『日本書紀』垂仁天皇紀に「天神庫(あめのほくら)」と見え、現在の神庫は嘉永4年(1851年)の再建で、元は禁足地の外にある拝殿西隣に建っていました。本殿建立工事に伴い、明治45年(1912年)に現在の禁足地内へ移築されたとあります。
 
参列者が神庫東側で本殿を背にして並ぶと、宮司さんはじめ、斎員が神庫の前に進み一拝。玉串拝礼にあわせて参列者も拝礼。撤饌、一拝にて一連の神事は約20分で終了しました。宮司、斎員退出後、参列者も後ろ髪ひかれながらも禁足地を退出。今年最後の夕陽が本殿や神庫を神々しく照らす中、ご神威にあやかりました。

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<大祓式の開始前、祓所に入る神官ら>

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<参集者が清々しく新年を迎えるのを祈願する大祓式>

神庫祭に続いて境内の祓所では大祓式があり、参列者全員が切弊(きりぬさ)をいただいて大祓式、午後4時からは拝殿で除夜祭が斎行されました。新たな令和の時代を迎え、ご神宝を守ってきた貴重な神庫の下で気分一新させていただけた特別な大晦日となったのは言うまでもありません。
 
なお、七支刀と鉄盾(2個)は、東京国立博物館で1月15日から3月8日まで開催される「日本書紀成立1300年特別展『出雲と大和』」に出陳されるとのことです。

保存継承グループ  文:中西環、写真:久門たつお

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2019年12月12日

「JR万葉まほろばウォーク」ONE TEAMで大成功!!

令和元年12月7日(土)、JR万葉まほろば線専用臨時列車で行く「JR万葉まほろばウォーク」が、奈良まほろばソムリエの会の主催、JR西日本大阪支社さんのご協力で、盛大に開催されました。

7月の報道発表から約5か月!当会主催による初のビッグイベントは、JR西日本さんの格別のご協力のもと、ガイドグループ・東エリア担当の石田一雄理事をリーダーに、ガイドG総力をあげて準備を重ね、下見も3回、回を重ねるごとに改善されていきました。当日は雨に降られることもなく、寒い風にさらされることもなく、ちょうどいいウォーキング日和となりました。

午前11:45 JR万葉まほろば線(桜井線)に参加者94名+当会ガイドGを中心にスタッフ約40名の合計140名ほどが乗り込み、新型車両・4両編成貸切列車の出発です!

車内アナウンスでは、ガイドGの佐々木むつみさんが当日のコースを伝え、続いて鉄田専務理事の紹介で、当会万葉集の達人・米谷潔さんの「万葉ミニ講話」が始まりました。

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米谷さんは、万葉まほろば線の「まほろば」(真秀ろ場)とは「素晴らしい場所」であるということや、倭建命の歌「倭は 国のまほろば たたなづく青垣(あおかき) 山隠(やまごも)れる 倭しうるはし」、大伴家持の「新(あらた)しき年の始(はじめ)の初春(はつはる)の 今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)」をご紹介。

そして、「万葉集は7〜8世紀の130年間を第1期~第4期に分けていること」「万葉集は歌集であるとともに歴史書でもあること」「原文はすべて漢字で、掛け算の知識もあったこと」「元号令和のこと」等わかりやすく解説されました。

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乗客の方々は、しっかりと米谷さん作成の資料を読み、耳を傾け、柿の葉寿司のお弁当を食べながら、到着後に始まる「JR万葉まほろばウォーク」のために「頭の準備体操」をしておられました。

午後12:12 巻向駅到着。さぁ10班に分かれて、当会史上最大のガイドツアーのスタートです。

まずは、初期ヤマト政権発祥の地、邪馬台国の候補地として全国的にも有名な纏向遺跡と、卑弥呼の祭祀場跡かともいわれる大型建物跡をご案内。

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続いて、前期古墳では全国8番目、奈良県でも2番目に大きい渋谷向山古墳(景行天皇陵)へ。

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そして、その先には額田王歌碑。有名な長歌「味酒(うまさけ)三輪の山 あをによし…」や反歌「三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情(こころ)あらなむ 隠(かく)さふべしや」を。ここでは、ガイドさんの「犬養節」を聞かれた人も、いらっしゃったのでは?!

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そして、ここから「柿本人麿 四連打です!」と。それぞれ揮毫者も違い、解説。

巻向の川音(かはと)、痛足川(穴師川)の川波、巻向の岸の小松に降る雪、流れゆく水沫(みなわ=水の泡)を詠んだ歌碑を巡っていると、万葉びとは自然を五感で味わい表現し、なんてひたむきで感性が高かったのだろうと、驚くばかりです。

また、高市皇子の万葉歌碑では、皇子と十市皇女の系図などを見せてもらいながら、2人の思いにも近づいていきます。

そして、午後2時頃にはどの班も檜原(ひばら)神社へ到着。

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この神社が「元伊勢」と言われる理由、「三ツ鳥居」のこと、注連柱(しめばしら)を通して、春秋の彼岸の頃に二上山に沈む絶景の夕日の話などをされました。
(ここで、少し休憩)
また、万葉歌碑を求めて歩き出します。

すると、奈良時代末〜平安時代初めの興福寺の高僧・玄賓(げんぴん)さんが隠棲された玄賓庵(げんぴあん)が見えてきました。ここでは、世阿弥作の謡曲「三輪」の話を解説。

さぁ、次にここを上れば、「大美和の杜(おおみわのもり)展望台」。藤原京に思いを馳せながら大和三山を一望します(雨でなくて良かったです)。

その後、医療と薬の神様をお祀りする狭井(さい)神社へ。拝殿奥には、万病に効くと言われる霊水の湧く「薬井戸」があり、皆さん順番に飲まれていました。

そして、最後の3つの万葉歌碑。長屋王、高橋活日(いくひ)命と、楽譜のついた倭健命の歌碑(黛敏郎さんが作曲された五線譜の歌碑)。ここで、1班のガイド(ガイドG研修リーダー)安井永さんは、コーラス部で培われたお声で「大和は 国のまほろば たたなづく青かき〜♪」を歌ってくれました。(拍手〜!)

そして、3時を過ぎると各グループは続々と終点の大神神社拝殿前へ到着。

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晩秋の美しい紅葉(黄葉)が迎えてくれました。

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ガイドの皆さんは、ご祭神・大物主大神のことやご神体山・三輪山のこと・巳の神杉(みぃさん)のことなどを話され、最後の挨拶をされていました。

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参加者の皆さんは、お礼をおっしゃって別れた後、拝殿などを参拝され、(歩き続けたお疲れもあったでしょうが)さわやかな笑顔で家路へと向かわれました。

少し感想を聞いてみると…
「ガイドさんの詳しい解説がとても良かったです。」
「1人では出かけにくいけど、ツアーなら皆と行けるので安心でした。」
「電車の貸し切りなんて、めったになくて楽しかったし、万葉講座も面白かったです。」
「いつも万葉歌碑ってあったとしても見ていなかったので、1つ1つを教えてもらえてありがたかったです。」
「歩き慣れた所なんだけど、また話を聞いて新鮮な感じで楽しめました。」
「ガイドさんは、80歳近くなのにこれだけ歩いて展望所にも登って、ご立派です!」
「楽しかったから、ぜひまた企画して下さい!」等々、たくさんの感謝と新たな企画ご希望のお言葉をいただきました。

お客さまとスタッフ、総勢約140名、皆一緒に列車に乗って、お口には柿の葉寿司、お耳には万葉講座、そして歌碑を巡るウォーキング!「令和の記念に、みんなで万葉集を楽しみましょう」と当会とJR西日本さんがONE TEAMで進めた今回の企画、大成功裡に幕を閉じました。

文:ガイドG 増田優子 写真:鉄田憲男専務理事


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posted by 奈良まほろばソムリエ at 21:24| Comment(0) | ガイドG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月29日

保山耕一さん 第5回「奈良、時の雫」上映会

11月2日、保山耕一さん月イチ上映会が奈良公園バスターミナルで開催されました。
今月の保山さん作品のテーマは「大和の月」!で、当会「奈良百寺巡礼 般若寺」とのコラボ。ゲストもたくさん、盛り沢山の内容でした。

最初のコーナーで保山さんから「今日はこの歌集について説明させていただきます」と言われ、ご登壇されたのは、まほろばソムリエの会の理事の松森重博さん。
「親しみをもって、僕らは『商店街の松森さん』と言ってるのですが、松森さんは、この月イチ上映会を一番初めに言い出された方で、いつも僕を支援して下さっています。このバスターミナルレクチャーホールという素晴らしい場所が全く使われていなくて、『ここを有効に使うためにどうですか?』とお声をかけてもらいました。」「そして、奈良県を動かして、奈良まほろばソムリエの会も動いてもらっています。今、この上映会を開催できたのは松森さんの最初の一言のお陰です。その松森さんが『大和まほろば』という歌集を出されました」と紹介されました。「商店街の松森さんです!」(拍手〜‼)

松森さんは、10年くらい前から(毎日新聞−やまと歌壇−に高校時代の先生が選者に出られているのを見つけたことをきっかけに)短歌を始められたそうです。(実は賞もたくさん取っていらっしゃる)「今までの500首くらいが貯まりましたので、歌集にどうかと前から言われておりまして、この度発行しました。」と。奈良愛に溢れた短歌を写真映像でいくつか紹介され、保山さんを詠んだ歌『奈良の美を映像に撮り奈良の良さ伝うる君の仕事讃えん』をお披露目されました。(会場は「うわぁ〜」とほんわか温かい空気に包まれます)
保山さんは「もう、褒めごろしです!」と照れ笑い。

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そして「松森さんのこの本は、あの万葉集の解説で有名な奈良大学上野誠先生も『オール大和、大和応援歌。しかし、声高に語らないのが松森流』と言ってはるんですよ」と。

また、平成19年に夢CUBEをオープンし、それをきっかけに若い人達が戻ってきたという夢CUBEの写真、30年前の商店街の写真が映し出されます。
保山さん「誰も歩いていなかった絵にかいたような商店街でした。それが今やこれ‼」と言われ → 『もいちど夜市』のにぎやかな人・人・人でいっぱいの商店街の写真。(会場は「え〜!」「すごい〜」「ほぉ〜」と、どよめきの声)

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そして、オープニング生演奏は、すみかおりさんのオリジナル曲で始まります。

― 映像   藤原京のコスモス ― 

「さぁ、それでは素敵なゲストをお迎えします!」とならどっとFM中川直子局長が、今や全国各地で演奏されるハープ奏者、川島憂子さん(桜井市の標高600mくらいの所にお住まい)をご紹介。上映会初めての生のハープ演奏です。

― 映像   月の光   ―

そして、保山さんのお話。
「月はむずかしい。電球を撮るようなもので、でも撮らなくてはいけないのがプロ!月を安物のカメラで、どうしたらうまく撮れるのかをずっと考えて…。一か月で満月と新月がこんなにも変わる。月が太っていって…この前、満月やったのに、もうこんな月」
「僕は月齢一日目の細い細い月でないと心が動かないんです。今日はそんな月、本当にゾク~っとする月!有明の月、夜明け前の月!世の中にこれ以上美しいものはない‼今は月に魅せられています」と。

―   映像 大和の月   ―

平岩雅子さんのソプラノ『月の砂漠』と野上朝生(ともお)さんのピアノ演奏が、私たちを保山さんの世界に深く誘います。(会場ではすすり泣く声も・・・)
ピアノ演奏の野上さんいわく「保山さんの投げかける風に、僕の演奏は風鈴や鈴のようになれば」と。

さぁ、そして、次は、春日大社元権宮司・岡本彰夫先生とスペシャルゲスト・スペインを拠点にご活躍の世界的なピアニスト川上ミネさんの対談です。
まずは、川上さんのピアノ演奏で
   ―   映像 祈りの桜 長谷寺   ―

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川上さんは、3歳からピアノを始め、やりたい音楽を探し求めてスペイン・京都に拠点を置かれます。今回の対談で、岡本先生が、御神楽のこと等、実演もされながら詳しく教えて下さいました。川上さんは、メトロノームで割り切れない音楽、五線譜に書けない日本古来の音楽・御神楽の話に目が輝き、興味深々です。そして「日本の音楽には間があって、遊びがある。これが大切!」ということに共感されていました。
岡本先生がおっしゃるには「御神楽はね、適当に打つんです。これが大事!『適』したところをカンで『当』てる」「拍子はゆとりが出ると遊べるんです。西洋音楽にはない。西洋にはわからない次元です」(日本古来の音楽の素晴らしさを改めて知ったお客様方は「へぇ」「なるほど〜」と盛んに感心しているご様子)

そして川上さんは「保山さんの映像には『絶対的な適当』があるんです。それらはすべて保山さんの体に染みついて、だから腑に落ちて感動するんです」と。

そして、岡本先生は「ある時、すべてが嫌になって放浪に出られたんですよね。」と川上さんに質問されます。川上さんは「鍵盤のサイズは西洋人だけで決めたサイズ。東洋人の体に合っていない。五線に書いた音符は合ってない。視力は悪化するし、楽譜は、当時は重くて持ち運びがたいへんだったし」などなど。

岡本先生「しかし、よく捨てられましたなぁ」
川上さん「捨てた時、実は何も要らない。自然があって、風、雨、虫がいて・・・楽譜が無くてもいいのではないかと…」
岡本先生「すごいところまでいきましたなぁ。普通の人は、できませんな」などとおっしゃられていました。(もう、お二人のお話は次元が高すぎて凄すぎます)
そして、川上ミネさんのピアノ演奏で、
―   映像 やまとの季節 七十二候   ―

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そして、そこに保山さんも登場され「めざしているものは自然。自然って作為がないんです。」と。岡本先生は「こんな天才二人の組み合わせに気づいたプロデューサーが凄い!神の域に近いと思うくらいの音楽と映像のコラボ!」と大絶賛されていました。
保山さんは「奈良とご縁のあるこんな素晴らしい人をなぜ呼ばないか、ムジークフェスタ!ウイーン少年合唱団より破格に安い‼」と会場の笑いを誘っていました。

そして、シンガーソングライター氷置晋さんの新曲「やまとし うるわし」の映像後

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― 保山さん映像詩 平城宮跡  ×  氷置さんの歌「あしあと」 ―

そのあと、氷置さんのギターに合わせて、会場の皆さんと全員で「ふるさと」を大合唱。そしてここで素敵なサプライズ!岡本彰夫先生のハッピーバースデイ―‼皆でお祝いすることになりました。シンガーソングライターの大垣知哉さんが花束を持って登場。出演者は壇上でクラッカー!そして岡本先生の似顔絵のバースデイケーキ‼岡本先生は恐縮して照れておられましたが、会場は和やかな雰囲気で笑顔いっぱいでした。

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さぁ、そして、第2部『奈良百寺巡礼』
今回は般若寺・工藤良任ご住職と当会石田一雄理事がご登壇。般若寺の激動の歴史と春の山吹、春秋のコスモス、冬の水仙など花のお寺としても有名であることを話されました。

 ―  映像  般若寺 コスモス  ―

石田理事は、「般若寺は、『奈良百寺巡礼』で一番初めに出てきます。そして、奈良のお寺で一番ご住職に会いやすい。というのは、受付に座っておられる。たまにユンボを運転している。本堂によく似た人が座っていますが、弟さんです(笑)」と始まりました。

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工藤良任ご住職は「お寺で生まれて、住職になったのは私が初めて。」とのことで、数々の運命を背負い、時代を耐え抜いてきた般若寺。その中で、波乱万丈の人生を送られた工藤ご住職。東大寺南大門すぐ横の学校へ通っていた時、園芸部をご指導されていた東大寺のお坊さんだったという先生に出会います。

そこで初めて花を育てることを教えられ、それが今にいきているそうです。
「花は生き物。根を生やしてやらないといけない。ということは、土づくりが大事。土づくりが花をさかせる秘訣です。そういうことも教わりました」と。

そして、コスモスへの想い‐株分けからお寺の復興に至るまで一役をかってくれたコスモスのお陰で復興ができた話‐など詳しく教えて下さいました。

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「お寺も私も波瀾万丈。それを結びつけてくれているのがコスモスなんです。」とご住職は今、季節の花を楽しめるようにと、それはそれは愛情いっぱいにお世話をされていらっしゃるようです。

また、昭和39年石塔解体修理の際、塔内より発見された秘仏・30pほどの小さい白鳳時代の阿弥陀仏の話や5pほどの大日如来像を含む胎内仏三尊や多数の納入宝物が見つかったことなど驚きの事実が次々と現れた時の話などして下さいました。

司会の村上有利さんは、「虫眼鏡で見ないとみられないほどの小さな仏像です。コスモスの時に合わせていらして下さいね。ご住職、普段は受付におられますが、この時はお堂の奥におられますよ」と締め括られました。

さぁ、そして最後は、岡本先生の直筆の色紙をいただけるという大争奪ジャンケン大会!おおいに盛り上がって、終了となりました。

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次回は12月7日(土)吉野山・金峯山寺です。『奈良百寺巡礼』は長岳寺!当会からは保存継承グループでご活躍の久門たつお理事が登壇されます。さて、今度はどんな素敵な上映、トーク、企画があるのでしょうか楽しみです。毎回何が飛び出すかワクワクの保山さんの月イチ上映会、たくさんの方が次回チケットを購入して帰って行かれました。

写真: 松森重博理事、広報G増田優子     文: 広報G増田優子


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保存継承グループ 奈良市:興福寺の「慈恩会(じおんね)」見学記

南都七大寺の古刹、世界遺産でもある法相宗大本山の興福寺と薬師寺では、1年交代で宗祖・慈恩大師の正忌日の11月13日に、法相宗の僧侶が一堂に会し忌日法要「慈恩会」が営まれます。今年は興福寺の仮講堂で開催されました。

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<法要を待つ静かな仮講堂と五重塔>

慈恩大師(632-682)は中国・長安に生まれ、玄奘三蔵の弟子となり、唯識を体系づけ、教理を確立したことから、法相宗の初祖とされる高僧です。姓が尉遅(うっち)、名は窺基(きき)または基(き)と伝わります。
慈恩会は、天暦5年(951)興福寺第14世別当・空晴(こうじょう)の発願で始められ、明治44年(1911)に再興された重要な法会です。興福寺では、身の丈6尺5寸、顔は満月のごとく張り、両眼は雷光のごとく輝く偉丈夫だったと伝わる大師の立像が描かれた重要文化財「慈恩大師画像」の昭和模本を本尊の前に掲げて遺徳を称え、その前で論義問答が営まれます。
森鴎外は大正10年(1921)に興福寺の慈恩会に参列し、『本尊を隠す画像の尉達基は我よりわかく死にける男』と詠んでいます。

まず、本坊で行事に先立って「夢見の儀」と呼ばれる作法が行われ、春日明神より夢中で論題を授かるとされ、夜には仮講堂で論義法要が執り行われます。

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昼間、多くの観光客で賑わいを見せた興福寺境内が静寂を取り戻す午後7時過ぎ、春日山方向の十六夜(いざよい)の月が照らす中、本坊、五重塔の方から、提灯や松明に先導された式衆が、興福寺の名と寺紋が染められた幕をくぐり、入堂されます。薬師寺から17名、興福寺から11名の合計28名が参列されたとのことです。

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<いただいた「慈恩会次第」>

通常の年は、夢見の儀でもらった論題の問答の激しくもユーモアのある「番論義」のあと、総礼で終わりとなりますが、今年は生涯に一度だけ受験できる口頭試問「竪義(りゅうぎ)」が併せて行われました。興福寺では8年ぶりで、前回、先輩僧の竪義の補佐「童子(どうし)」を務めたドイツ出身のザイレ暁映さんが自らの竪義に挑まれました。
当日までに約3週間にわたって前加行(ぜんけぎょう)が行われ、加行部屋の半畳ほどの結界の中で、教義や経典に関する問答を暗記し、大廻(まわ)りという境内堂塔、春日大社諸社、市中の社にもお参りするなどの厳しい修行を経て、竪義当日は教義に関する問答を2時間近く執り行う難関の試験です。合格すると、寺の子院、塔頭の住職になる資格を得ることができます。この竪義が行われるという緊張感が、堂外から見学している私たちにも伝わってきました。

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真っ白な僧衣を着たザイレさんが、「影向戸(ようごうのと)」と呼ばれる扉から入堂されました。私たちは残念ながら、終了まで見届けられずに境内を退出しましたが、お寺の方々も合格間違いないと予想されたとおり、翌朝には『異例の外国人僧侶、僧の難関合格』の新聞記事やニュース報道が届きました。
今回は古くから伝えられ続ける僧になるための厳しい行などの奈良仏教の側面に触れる機会になりました。新たにその難行を満了される僧侶が誕生したことに改めて敬意を感じると共に、その場に僅かでも立ち会えたことに感謝したくなるような見学となりました。
          
文・写真 保存継承グループ 石井宏子

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