2012年12月18日

奈良まほろばソムリエと学ぶ奈良の歴史

 奈良市西部公民館主催の第2回目の奈良の歴史学習会が12月15日(土)に開催されました。

 定数を上回る応募があり抽選で選ばれた25名の熱心な歴史ファンと過去のソムリエ試験問題を教材にして、地図・年表・写真等を多用し楽しく学びました。

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 当公民館館長によれば、このような歴史講座への関心・ニーズは高く、ソムリエ友の会の継続した取組みを期待され、出席者からも是非にとの声が届いています。

 担当しているソムリエ講師陣も皆張り切っています。
ソムリエの皆さん! この講座の講師になってみませんか。
ご連絡下さい。
             ソムリエサポート部会 鈴木 浩

posted by 奈良まほろばソムリエ at 07:47| Comment(0) | ガイドG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月16日

「記紀万葉サークル」12月1日例会

集合の時から寒く時雨模様で、少し残念なコンディションでしたが昼前からは薄日も差すまでに回復しました。吉野山の紅葉は最終段階で、小雨に濡れた木々や落葉に彩られた歩道には吉野ならではの風情が有りました。

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小雨に煙る蔵王堂

今回の目的は蔵王堂などの文化財が良く知られた前半のコースよりも、後半の象(きさ)の小川・万葉の道・吉野の宮跡を体験するところにありました。当日の案内はメンバーの富田良一さんでしたが、当地でのガイド経験もあり解説もペース配分も申し分ありませんでした。吉野山がそして吉野川が古代から「特別な場所」であったということを実感しました。 

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桜木神社にて

(以下、参加メンバーの鈴木和子さんから寄せられた体験記「記紀・万葉に見る吉野を体験する、に参加して」から引用させて頂きました)。

私は特に大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名(すくなひこな)、および天武天皇を合祀している桜木神社の屋形橋の上から見る「象の小川」の流れが吉野の景観の中で一番のお気に入りです。私にとってはパワースポットのひとつです。「象の小川」は、吉野水分神社付近を水源とした川で、奈良時代に大伴旅人が、

「昔見し 象の小川を 今見れば いよよさやけく なりにけるかも」(巻3-316)

と詠っています。万葉の時代に旅人がどんなに癒されたであろう思うと今もその面影が偲ばれます。清らかな小川のせせらぎを耳にしながら、その澄んだ流れに心が洗われる心地になります。

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桜木神社前、象の小川

その流れに沿って行くと川は宮滝辺りで吉野川にそそぎ込みます。激(たぎ)つ河となつた「夢のわだ」あたりの光景は、見る者の魂を揺さぶり元気を与えてくれるようです。
朝のうちは時雨模様の天候でしたが色とりどりの紅葉が楽しめ、またサークルのメンバー達と「万葉の道」を歩いて過ごした1日は大変印象に残りました。

                (構成・写真:記紀万葉サークル 田中昌弘)
posted by 奈良まほろばソムリエ at 19:48| Comment(0) | 交流G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月13日

中将姫ゆかりの青蓮寺とエウカシを祀る宇賀神社をたずねる

女たちの守る寺B −日張山青蓮寺・宇賀神社・宇太水分神社−
   交流部会・奈良再発見サークル
   12月8日(土)実施 参加者15名


不運なことに近鉄榛原駅では、雨が降り出しました。いつかは晴れるだろうとメンバーの願いもむなしく・・・。
しかし、ソムリエメンバーのあくなき探究心で雨も風もちらちら舞う雪もなんのそのでした。
今回のコースは、近鉄榛原駅・・・バス停・菟田野→宇賀神社→青蓮寺→バス停・菟田野・・・水分神社前→宇太水分神社→水分神社前・・・近鉄榛原駅で解散(「・・・」はバス移動)でした。

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駅で鈴木リーダーによるコース説明    9時11分発菟田野行バスに乗車

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本格的に雨が降り出しました       宇賀神社に行く途中の大きなお屋敷

本日参加のソムリエ中西厳さん(宇陀市在住・社寺探訪サークル)によると「ロート製薬」、「ツムラ」、「笹岡薬品」などの創業者の出身地が宇陀市だということです。
※ツムラの製品名は、「中将湯」、発売から100年、現在も販売され続けるロングセラー商品です。


宇賀神社・・・祭神「宇迦斯神魂」「天照大神」
古事記によれば、カムヤマトイワレビコ(のちの神武天皇)は、熊野からヤマトへの東征の途次、宇陀の地をおさえるべく、八咫烏を遣わした。八咫烏は、「天神の御子が来られる、汝らは仕えよ」と地元に通知してきた。エウカシは、鳴鏑を以って遣いを射た。そうして軍を集めようとしたが集まらず、策を講じて仕えると偽り大殿にワナを作って待ちかまえることとした。オトウカシは、「兄が大殿におびき寄せて打ち取ろうとしています」と兄を裏切った。大伴連の祖の道臣と久米の直の祖の大久米の命がエウカシを大殿に先に入れて押し殺し、死体を八つ裂きにした。八つ裂きにされたエウカシの血が流れたこの地を血原という。
宇迦斯神魂は、外からの征服軍と戦った地元の英雄だ。宇賀志には、かつて水銀鉱山があり、土壌が赤い色をしていたことから血原とも。

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宇賀神社                  子もうけ石(子宝に恵まれるという)

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血原橋(宇賀志川に架かる)


青蓮寺 (日張山成就院青蓮寺、浄土宗総本山知恩院派の尼寺、本尊は中将姫十九歳像) 
奈良朝天平宝字4年(760)横佩の右大臣・藤原豊成の息女、中将姫が継母の讒言により14才の身をもってこの山に流されたが、嘉藤太の情により危うきを助けられ、「なかなかに山の奥こそ住よけれ、草木は人のさがを言わねば」と2年6か月の念仏三昧をされ、奈良の都へ帰られ、その後當麻寺に入り出家剃髪の身となり法如尼へ。
当麻曼荼羅を感得され、19才の夏再びこの山に一宇の堂を建立し、自らの彫像と嘉藤太夫婦の形像を刻み安置して青蓮寺となったという。
※世阿弥の謡曲「雲雀山」は中将姫伝説に基づく
 阿弥陀堂の奥に中将姫の命を守った松井嘉藤太春時とその妻・静野の墓がある。

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青蓮寺山門                青蓮寺開山堂

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青蓮寺阿弥陀堂

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青蓮寺の開山堂にて−−この日参加の全メンバー


宇太水分神社(式内大社)
芳野(惣社・上社)・古市場(中社)・下井足(下社)の3社で宇太水分社をなす。
創立は崇神天皇の時代で、大和の東西南北に祀られた神社のうち東に当たるのが中社とされる。
本殿は、2003年の社殿塗り替え時にわずかに残された色彩が発見され、それをもとに復元された。
本殿3棟、第一殿の棟木に元応2年(1320年)の墨書があり、他の2棟も同時の建物と推定される。3棟は隅木入春日造で建立年代が明らかなものでは最古のもの。国宝。宇陀市には、上記宇太水分3社の他に大宇陀平尾と室生田口に水分神社があり、計5社の水分神社がある。
春日神社本殿、宗像神社も重要文化財、宗像神社の蟇股のカニの彫刻、境内にある丹波の佐吉(幕末の石工で石匠照信)の狛犬も注目。

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宇太水分神社一の鳥居(1984年再建)  宇太水分神社ご神木の夫婦杉

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宇太水分神社の宮司さんに社殿の詳細な説明を受けているところ
ちょっとお得な気分です。この後、熱い茶と「絵葉書」もいただきました。

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本殿3棟                 春日神社本殿・宗像神社

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二の鳥居
両部鳥居形式。上部の瓦屋根から神仏習合の跡がみてとれる。

 ※宇太水分神社では、毎年10月の第3日曜日には、例大祭(神輿渡御祭・太鼓台練合わせ)が催行されます。


菟田野古市場の米谷家
明治に入り、街道筋に商工業が発展。宇陀郡吉野郡の木材集散する在郷町。
米谷家住宅は、豪商屋敷で正面の建物には、2層の袖卯建が装飾的についている。東側から見ると母家に併設した漆喰壁の蔵がある大きな建物。
これだけの大きなたてものは、古市場のほかではみることができない。 

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米谷家住宅


写真と文・・小林俊夫
※解説は当日配布資料(藤村清彦さん作成)から参照させていただきました。
posted by 奈良まほろばソムリエ at 23:31| Comment(0) | 交流G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月05日

奈良の精通者を増やす

先日、奈良まほろばソムリエ友の会の会長の小北博孝氏のパワーポントを使った卓話「奈良の精通者を増やす」を聞く機会がありました。


全国の宿泊者数、1位東京、2位北海道、3位大阪、4位京都・・・・・奈良は45位。

奈良の宿泊者数は2010年の遷都1300年の年の28.6%下げである。

観光都市奈良の課題として、観光客の低迷。関係者の発信力が弱い、市民の奈良の知識が乏しい、ホスピタリティ(おもてなし)が弱い。

それは平成22年2月の奈良市の「観光都市の課題」でも、観光資源の魅力向上の必要性、発信力の弱さ、ソフト、ハードの整備が遅れている、と指摘されている。

以前、梅の季節に国立博物館近くで食事を取り、「片岡梅林はどこですか?」と尋ねたら、店員さんも店主も知らなかったので失望した。店の周りの半径2キロくらいのことは知ってほしいと思う。

そして平成22年9月、奈良市ではおもてなし条例ができた。基本理念は、「歴史、文化、伝統の魅力を発掘し、その情報を発信すること、・・・・」などがうたわれている。

奈良通を増やして発進力を強化するということで、2007(平成19)年奈良まほろばソムリエ検定が奈良商工会議所主催で始められた。試験の範囲は奈良県全体であり、歴史、文化、はじめ広いジャンルの問題が出題される。

そして奈良まほろばソムリエ友の会が2011年、合格者に活動の機会をということで発足した。

通算12,207人が受験し、2級が3,732人、1級が1,255人、最上級のソムリエには272人合格している。

ソムリエ友の会は、272人中198人が参加している。

奈良県立大学の村田先生も「奈良検定の知識を生かした取り組みが地域の活性化につながる」と言っておられるが同感である。

奈良まほろばソムリエ友の会の活動は、
○県下全域の観光ボランティアガイド
○社寺、史跡の探訪
○歴史文化の講演会
○地域での学習会
○社寺の美化
○伝統行事の支援
○歴史文化の調査・啓発
○観光情報の発信・観光振興への提言(まだまだですが)
○まほろばソムリエ検定の支援
などをおこなっている。

地域・職域・社寺の美化などを心がけ、会報紙なども発行している。

今後は、
○社会貢献活動の輪を広げる
○専門家集団を目指す
○研究成果や情報紙の発行
○市民向け講座をむつかしいが定期的におこなう
ことを目指したい。

今後NPO法人になり、奈良まほろばソムリエの人達に加えて、その他の人の参加も考えたいと思っている。


と30分あまり熱心に語られた。

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講師 小北会長

(広報部会 松森 重博)
posted by 奈良まほろばソムリエ at 21:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする