2015年07月28日

記紀万葉サークル7月例会「伊勢斎宮を訪ねて−日帰りバスツア−」感想

7月11日(土)参加者35名

昨年の岡山に続く第2回目のバスツァーは梅雨の晴れ間の一日となり暑さも心配されたが、見学をすませればエアコンがきいたバスに逃げ込み、たっぷり休息をとって次の見学地に向かうという快適なパターンで一日を過ごすことができた。

最初の見学地は森神社。対馬にあった亀卜の神太祝詞(ふとのりと)を大和でも祭った神社とのことで、見学の後で学習する斎王の選定が亀卜によったこと、社地を流れる菩提仙川の清流、田中さんのご説明による都祁からのルートとの関係等斎王帰京の禊の場であることは間違いなさそうである。

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(森神社境内社姫大神社にて)

次は夏見廃寺。25年位前に一度来たきりだったので展示館を含め周辺の施設整備が進んでいることにまず驚く。改めて傾斜地に建てられた伽藍配置の特異さを認識する。夏見廃寺の成立の過程に関し富田さんの詳細なご説明を現地でお聞きする。本日現地2回目とのことだが、いつもながらの説得力に感心する。

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(夏見廃寺金堂跡にて)

途中やや渋滞したがメインの目的地伊勢斎宮跡に到着。ご手配頂いた斎宮弁当を頂く。斎王の食事を復元したという新鮮な魚や野菜のおかず、黒米で炊いたご飯等おいしくいただいた。掛けてあった紙に書かれた「君やこし我やいきけむおもほえず 夢や現か寝てかさめてか」という艶めかしい歌が目に付いた。神に仕える斎王とは結びつかないなと思い後で調べて見ると、伊勢物語の「狩りの使い」という有名な章段にある第31代斎王恬子(やすこ)内親王が、「狩りの使い」=在原業平に贈った歌だそうことだった。斎王の長い歴史の中で展開された生身の女性達の人生を物語るエピソードの一つかと思う。

遺構や復元模型がある中心施設付近の見学をして、やや離れた斎王歴史博物館に移動。斎王制度の歴史、遺構、組織、生活振り、伊勢神宮との係り等がよくまとめられており、ほとんど白紙の頭にそれぞれの知識が新鮮だった。なんといっても斎宮が東西7区画、南北4区画に区画された広大な敷地と官僚組織を持つ官衙だったことに驚く。来る前は磐余周辺の宮跡のようなものだとイメージしていたので認識を大いに改めさせられた。

約20分のビデオを見たが、鈴鹿越えの時の牛車の牛の苦しそうな表情が際立っていた。撮影がさぞかし大変だったろうなと思っていたら、後の解説で当時も実際に牛車を人が担ぎ上げたりしたと聞いて納得する。またここは人家や畑等と共生した平城宮跡よりも広い史跡であるとのこと。地元の人々の遺跡に対する敬意が遺跡の保存と史跡指定を為しえたものと思う反面、土地利用や処分に様々な制約があるのかと思うと遺跡の保存と現代の住民の生活とのバランスを改めて考えさせられた。

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(斎宮歴史博物館前にて)

垂水の頓宮跡に着いたときは既に夕闇迫る頃となっていた。この場所が古代も中世も現代も常に交通の要衝だったのだろうなと思いながら交通量の多い国道1号線を渡る。鬱蒼とした森の中の史跡を見学した後帰途に着く。車内で都祁水分神社の解説を田中さんからお聞きして近鉄奈良駅に着いた。

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(垂水斎王頓宮跡にて)

現地で解説して頂いた森神社の宮司さん、斎王歴史博物館の学芸員の方、バスの車内で吉備との係りをご紹介頂いた小川さん、発表と当日の段取りの労をお取りいただいた富田さんと辰馬さん、それと全般の企画、ご手配を頂いた田中さん本当にありがとうございました。

(文)記紀万葉サークル 沖田拓司 (写真)同 田中昌弘

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2015年07月04日

ちょっといい旅『田原本』感想記

6/21(日)実施・・・参加者18名

コース:田原本駅→浄照寺(住職の講話)→本誓寺平野廟→奈良中央信用金庫旧本店→田原本聖救主教会→竹村本家 →鏡作神社→安養寺(快慶作の阿弥陀如来像拝観)→今里浜→八坂神社→唐古・鍵遺跡(楼閣見学) →ながめの丘展望台(昼食)→池神社・千万院→唐古・鍵考古学ミュージアム(学芸員による説明) →津島神社→田原本駅解散

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[浄照寺の山門前でのメンバー大村さんの解説]

田原本駅前の観光ステーション「磯城の里」で2種のパンフレットを頂戴し、雨の少し止んだ9時30分頃出発した。
まず訪ねたのが“田原本御坊”浄照寺、伏見城門を拝領したという山門、賎ヶ岳七本槍のひとり平野権平長泰がこの地を賜り、その子長勝が陣屋を築造。その際 真宗教行寺との間に支配権をめぐって対立、教行寺を箸尾に立ち退かせ(箸尾御坊)て、今の浄照寺があると―と大村さんの解説。

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[浄照寺ご住職のお話〜明治天皇行在の間にて]

期待をもって本堂内に。住職さんが法事に出かける前の寸暇を割いて親切に説明して下さる。浄土真宗の西・東のちがい、浄土宗との違い、「門徒」の信仰熱心さや、“転悪成善”の教え、など。本尊阿弥陀如来立像や幕で見えにくかったが宗祖親鸞の画像御影など間近に拝見して奥の書院に通される。明治天皇や昭憲皇后が行幸された折の部屋、掛け軸の書、襖絵、枯山水の庭、 晴れていれば松林越しに大和三山が見渡せるという景観など皆丁寧に見学ができた。さすが御坊 という名に相応しい祭壇、地元門徒衆に支えられているという事が納得できた。 塀を隔てた「本誓寺」へ。先の平野家の菩提寺で先の二領主の御廟が並んでいる。
次に寺町通りを抜け、「奈良中央信用金庫旧本店」へ。アーチ状の飾り窓など昭和初期銀行建築が判る。

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「奈良中央信用金庫旧本店」

近世中街道を進んで「田原本聖教会」、NHK朝ドラでも使われたそう。 旧名主の「竹村家本家」は桃山期の様式とか。維持も大変のよう。
  
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[鏡作神社での参加のメンバー]

八尾の「鏡作神社」に到着。この辺一帯がかつて鏡鋳造を生業とした鏡作部の住居だった。天照国照彦火明命・石凝姥命・天糖戸命を祀る三殿二合間の流造の千鳥破風連棟式の本殿が間近に見え色彩が鮮やか。 境内で全員の写真一枚。この界隈に石見鏡作神社などもある。

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[安養寺本堂〜快慶作の阿弥陀如来像は収納庫]

「安養寺」では庫裡の快慶壮年期作と云われる秘仏阿弥陀如来立像拝観が目当て。寺の奥さんが数人ずつ庫内へと。目を凝らして成熟したふくよかな全体像、衣文の切金線などを観察する。左足ほぞ外側面に「巧匠安阿弥陀仏」と墨書銘があり、かつX線調査でも快慶の真作と確認されたそう。本堂の本尊阿弥陀如来坐像へも忘れず参拝。←快慶の阿弥陀さんは、撮影禁止でした!

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[田原本鍵地区の五穀豊穣祈願の蛇巻]  

寺川沿いに出て「今里の浜」のあった場所に。雨で水かさが多くソムリエ受験の勉強で、大和川の水運、亀の瀬を境にこの辺りまで魚梁船・下流側が剣先船と学んだことを思い出す。「今里の蛇巻き」は今月の第一日曜日に行われたばかりで真新しい藁の蛇が木立に張り付いて見事。少年達が地区の大人と一緒に町内を担いで行列する新聞記事でも見たが、旧暦5月の節句行事と田植え前の雨乞いも兼ねた行事。伝統とは良いものだと思う。「鍵の蛇巻き」も同じように、ただ写真のように横に広がり頭か尻尾かが地面に巻かれたようにも見える。

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[唐古・鍵遺跡の楼閣] 

国道24号を渡りいよいよ「唐古・鍵遺跡」に向かう。雷雨ともいえる突然の雨の中、傘と資料を携えて復元楼閣を見上げながら、軒先や屋根部の先の曲がり形状の意味を探る。                      
環濠の跡などを探索しつつ裏手から「ながめの里展望台」へ。東屋の席を譲り合いながら昼食をひろげる。
 午後から初瀬川沿いの「池神社・法貴寺千萬院」のお堂を扉越しに覗いて「唐古・鍵ミュージアム」に向かう。        
 
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[鍵・唐古ミューシ゚アム 遠景]

青垣生涯学習センターでもあり地元の方達が熱心に集う中に混じってミュージアムに入館。
ボランティアガイドの案内で二班に分れて説明を聞く。ここでもソムリエの会員さんが活躍している。透明ガラスの床の下に展示された柱穴や柱の遺物、各種の石の道具類、意外と豊富な食物の遺物、マツリをイメージした道具類、楼閣の描かれた土器の破片など 注意深く丁寧に見学できた。

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[津島神社本殿] 
        
ミュージアムで熱心に見学した疲れをやっと晴れた空に癒されながら帰路に。寺川沿いから再び寺町に入り“背割水路”の名残りらしい流れを覗き見ながら「津島神社」まで戻って来た。境内に江戸時代の町割り図が看板として掲げられてあり見入る。かつて牛頭天王を祀っていたが、平野氏の本貫地尾張の津島も同じ牛頭天王を祭神としていたので社名を津島神社に改めたと。夏には盛大に祇園祭が行われるようで、横の公園も整備され、雨上がりの暑い今日の午後 野外ステージ前で子供達が水遊びをしている光景は、この神社が住民に愛されているのがよく分る。            
    
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[田原本の街並み〜懐かしい看板]  

今回はじっくりと田原町の探訪ができた。前半の田原町寺内町の込み入った町並みを、後半は田園の中、目的地点への最短コースを誘導いただき、下見調査の方々の万全の対策に感謝する次第です。

文:歴史探訪G 史跡等探訪サークル 小野哲朗   写真:同 小林俊夫
posted by 奈良まほろばソムリエ at 10:39| Comment(0) | 探訪G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする