2017年01月28日

保存継承グループ 明日香村の綱掛神事見学記

明日香村稲渕の男綱の綱掛神事=1月9日(月・祝)
明日香村栢森の女綱の綱掛神事=1月11日(水)

万葉集にも登場する飛鳥川。大和川水系の一級河川ですが、明日香村の古代の遺跡群をぬうように流れる光景には歴史感が漂います。その源流は明日香村南部の山間地で、稲渕(いなぶち)地区と、同地区から約2キロ上流の栢森(かやのもり)地区では、正月の伝統行事として飛鳥川の上に綱を掛ける神事が有名です。

毎年、成人の日に行われるのが稲渕地区の男綱(おづな)の綱掛神事。男綱には、高さ約1.2メートル、直径約30センチの円筒形にした藁製の陽物(男性器を模したもの)が付けられます。

20170128_1.jpg
<綱を作る稲渕地区の人たち>

綱と陽物の製作は地区の約50戸から男女約30人が出て、午前中から飛鳥川に架かる県道の神所(かんじょ)橋下の旧神所橋横の空き地でスタート。冷え込みと雨の中、藁を編み込んだ長さ約70メートル、直径5センチほどの綱が出来上がり、さらに約1メートル間隔で緑の榊、白い御幣、藁の順に挟み込んで午後2時半ごろに完成し、陽物を取り付けた。綱張りでは全員で力を合わせ、県道の上に架けながら飛鳥川の流れの上部に陽物がくるよう両岸の木にくくり付けられました。

20170128_2.jpg
<綱に陽物を固定する>

20170128_3.jpg
<神所橋の上で力を合わせて男綱を張る>

午後3時すぎから旧神所橋にしつらえた祭壇前で儀式が始まり、割り竹の先にみかんを刺したお供えが橋の欄干に並べられる中、同村の飛鳥坐神社宮司が祝詞を奏上。参列者が玉串を奉納した後、宮司が米、清酒、塩などを川に投げ落として終わりました。

20170128_4.jpg
<張り終えられた男綱と旧神所橋での儀式>

20170128_5.jpg
<旧神所橋で神式で行われた儀式>

以前、陽物は綱にひもでくくり付けただけでしたので、夏ごろには川に落下していたそうです。大字総代の今西一成さん(67)は「男綱を見物に来られる方もいますので20年ほど前から綱の中心にロープを入れ、陽物も綱とワイヤでつなぐるようになり、落下はしなくなりました」と話していました。

2日後の栢森地区の女綱(めづな)の綱掛神事は、稲渕地区の綱掛神事と対になるものです。二つの神事がいつごろから始まったか確かな記録はないそうですが、地元では「飛鳥時代から続いてきたらしい」との言い伝えもあります。

20170128_6.jpg
<栢森地区の作業所で女綱を作る人たち>

昼前から地区の共同作業所で藁を使った綱と陰物(女性器を模したもの)作りが始まり、凛とした寒さの中、地区の約25戸から役員の男性10人ほどが作業に当たりました。綱は直径約5センチで、長さは約70メートルあり、陰物は長さ約60センチ、直径30センチの円錐形状で、完成時には榊と御幣も取り付けられました。

20170128_7.jpg
<住職を先頭に作業所から綱掛場に移動>

20170128_8.jpg
<フクイシと呼ばれる磐座前で仏式で行われた儀式>

準備が整うと、午後4時すぎに地区の龍福寺住職を先頭に役員が陰物、みかんを青竹の先にしつらえたお供え、綱を手に持ったり、担いで行列。地区北側の約200メートル離れた飛鳥川の綱掛場へ移動しました。
右岸のフクイシと呼ばれる高さ1メートルほどの磐座(いわくら)に女綱の一部をささげるように置いた後、読経。川と県道をまたいで綱を両岸の大木に巻き付け、陰物は幅2メートルほどの川の流れの上に来るように調整されました。大字総代の古川雅章さん(61)は「うるち米より餅米のほうが藁がしっかりしているんですが、近年は餅米の収穫量が減り、うるち米の藁が大半。綱が切れないよう、女綱でも中心にロープを入れています」と言います。

20170128_9.jpg
<女綱に陰物をくくり付ける>

20170128_a.jpg
<新しく架けられた女綱>

両地区の綱掛神事、綱に取り付ける陽物、陰物の違いのほかにも差異があります。儀式は稲渕が神式、栢森が仏式、お供えのみかんは稲渕が割った青竹の1本1本の先にみかんを刺すのに対し、栢森は太い1本の青竹の先に1列4個のみかんを突き刺したものを4列に組んでいます。
興味深いのは、実施日が稲渕は成人の日(1月第2月曜)なのに対し、栢森は11日。栢森では明治時代に実施日を変えたところ、地区の民家のほぼ半数が焼ける大火があり、以降は11日にしているといいます。

神所橋近くに明日香村が設置した説明板によると、綱掛神事は子孫繁栄と五穀豊穣を願う一方、川や道を通って悪疫が地区に侵入するのを防ぐことも祈願します。そのため、陽物、陰物に青竹と共に飾られる御幣は、下流の稲渕では下流側に向けて、上流の栢森では上流側に向けて付けられます。
万葉集の研究で知られる奈良大教授の上野誠さんが20代のころ、この綱掛神事に関する論文を「飛鳥の祭りと伝承」(桜楓社刊、共著)に発表しています。その中では「巨視的に見れば、オツナカケは奈良県から広く近畿圏分布するツナによる正月の結界儀式ということができる」とし、「微視的に見ると(中略)飛鳥川という川と人との関わりの中ではぐくまれた祭り」としています。

両地区の綱掛神事を間近で接し、住民の方々が協力して伝統を守っておられる姿に感銘すると共に、過疎化・高齢化や離農が進む地域で今後も課題に対応しながら継承していってもらいたいとの思いを強くしました。

文・写真  保存継承グループ 久門たつお
posted by 奈良まほろばソムリエ at 20:44| Comment(0) | 保存G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

保存継承グループ 平群町椣原の勧請綱掛行事見学記

1月3日(火)、保存継承グループメンバー5名で平群町椣原(しではら)の勧請綱掛(かんじょづなかけ)行事を見学しました。綱掛神事といえば、明日香村大字稲淵・栢森が有名ですが、県内には他に何か所か綱掛神事が行われており、椣原の勧請綱掛は県内で新年いち早く行われるものです。
勧請綱を掛ける場所は近鉄生駒線元山上口駅から北へ約3分の竜田川上ですが、今回は午前中の勧請綱製作(綱打ち)から見学しました。

現地にある「勧請綱(かんじょづな)」の解説板によると
1.勧請綱
一般的に古来より村の境界から悪霊や厄病(伝染病)等が入ると信じられていた。それを阻止すると同時に身体堅固、五穀豊穣、子孫繁栄等を願って村の境界に勧請綱を張った民俗行事の一種。

2.椣原の勧請綱
・起源については、明治時代以前は確かだが起源は不詳。
・規模は長さ約27m太さ約25cmで奈良県一といわれる。
・形状は、雄(おん)づなに雌(めん)づなが巻き付いている。雄づなには松の枝を取り付けた2本の龍の足(長さ9m30cm)、男根、フグリもつけられている。これには豊作・子孫繁栄を祈願する意味が込められている。
・勧請綱を製作することを「綱打ち」といい、毎年1月3日に椣原自治会が実施する。

3.龍神信仰
椣原の勧請綱は龍神信仰と結びついている。龍神は水の神といわれ、水害より農作物を守り、村の人々を守ると信じられてきた。この近くに大正末頃まで龍が住むと言われてきた龍穴が残っていたが鉄道敷地となり現在はない。

綱打ち
午前8時30分に金勝寺境内に人々が集合します。椣原自治会は8班に分かれていてその年の当番に当った班が担当します。人数は作業員10人に長老が4人。用意するのは、藁60把、荒縄2巻(太さ3分)、これらが綱打ち用。その他に御神酒1本、黒豆・栗の煮物1鉢。御神酒は薬師堂に御供え。煮物をつまみに酒を飲みお浄め用。
作業の中心は、雄づな(約27m)と雌づな(約12m)づくり。全員で綱をなっていきます。

20170110_1.jpg

20170110_2.jpg

横に固定した丸太を軸にして、雄づな、雌づなとも3本ずつなっていきます。藁の束を次々と突っ込みながら、より合わせて、荒縄でとめていきます。

20170110_3.jpg

20170110_4.jpg

3本の綱をそれぞれねじり、さらに3本を1本により合わせていきます。

自治会長老や熟練者が担当するのが、雄づなのシンボル(約30cm)作りと龍の足・御幣用竹づくり。

20170110_5.jpg

20170110_6.jpg

つくったシンボルを雄づなに荒縄でとめます。ようやく綱が完成しました。既に午後3時、昼休みを含め作業開始から6時間かかりました。

雄づなと雌づなの組み合わせ
芯として作業員1人が入り、雌づなに雄づなをからませ、丸い大きな玉のような状態にします。

20170110_7.jpg

芯になった作業員は下から抜け出します。

お祝い行事
年男などお祝いに当たる人が、藁敷きの上にうつぶせに寝ると、雌づなと雄づなのからんだ玉を上へころがせます。上から数人が乗ってお祝いします。

20170110_8.jpg

お祝いに当たる人がいなければ、子供も下に寝ます。上にものって参加します。行事の中で一番楽しい瞬間です。

薬師堂での祈願
雌づなと雄づなの玉を薬師堂へ備えて一同で祈願します。
なお、薬師堂に供えるには石段の上を皆で運び上げますが、一気に運び上げずに、上げたり下げたりしながら上げます。その時の掛け声は「チョウサジャー」。

20170110_9.jpg

綱の移動
軽トラックに雌づなと雄づなの玉を積み込み現地へ運びます。

20170110_a.jpg

現地での綱掛け
近鉄の敷地内で、電車の線路の側での作業なので、近鉄社員が立ち会います。電車が通る間は作業を止めます。

20170110_b.jpg

綱掛の完成は、午後4時になりました。見えているのは雄づながほとんどで、雌づなは支柱の根元に巻いてあります。綱は今年12月25日までかけておきます。

20170110_c.jpg

綱の一方は岸の木に結わえ、一方は電信柱に結わえられています。

文・写真 保存継承グループ 石田一雄

posted by 奈良まほろばソムリエ at 19:56| Comment(0) | 保存G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする