2018年07月29日

記紀万葉サークル7月例会(屋外活動)「飛鳥・吉野最短古道」

7月14日(土) 参加者18名

(当日の行程)近鉄吉野線六田駅―柳の渡しートノカイト遺跡―世尊寺―妙楽寺―安産滝―壺阪峠―壷阪寺―(バス移動)−近鉄壺阪山駅

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吉野川―柳の渡し辺りからー

吉野川はこの辺りでは比較的緩やかなのですが、前週の雨で増水していました。眩しく熱い空気の中で川の流れは清冽に映ります。169号線を少し東に進み比曽口というところから北の坂を上りました。世尊寺までの中間地点、現状畑地・住宅地の辺りがトノカイト遺跡(仮称)に想定されています。まだ詳しい調査は行われていないようですが、飛鳥時代の工房(金属・ガラス加工などの)が稼働していたのではないかと思われます。

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世尊寺山門にて

現曹洞宗世尊寺は、時代により吉野寺・現光寺・比曽寺・栗天奉寺などと名を変えてきました。創建は白鳳期、吉野寺の造営主体とトノカイト遺跡の工人たちは一体としてこの地に拠点を有した勢力だったのでしょう。

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比曽寺東塔跡

創建時の東塔は失われ、鎌倉期再建のものが中世を通じて残っていましたが、文禄3年(1597)豊臣秀吉によって伏見城に移され、更に慶長6年(1601)徳川家康によって近江の三井寺に移建されました(重文として現存)。

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妙楽寺薬師如来

近隣に在り、明治期に廃寺になった謎の寺院阿佐寺から散逸した仏像の一部と伝えるものがあります。十一面観音立像(像高195cm)・地蔵菩薩立像(同160cm)は平安時代の、薬師如来坐像(同147cm)は室町時代の作です。

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木陰で昼食

安産滝近く、龍峯院護摩堂の庭をお借りして昼食休憩。木陰を涼しい風が吹き渡ります。

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安産滝

比曽寺の奥之院として伝承のある阿佐寺の行場だったのでしょうか。今では寺の名をもじって安産祈願の滝に(?)。

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大観音石像

壺阪寺によるインドハンセン病救済事業の縁で寄贈されたそうです。カルカラ産の古石材で製作された20mの観音菩薩立像です。他にも数々の石像が並び壮観です。

最高気温37℃を記録した、過酷な峠越えでしたが全員予定時刻のバスに乗車、無事行程を終了しました。


文・写真:記紀万葉サークル 田中昌弘

posted by 奈良まほろばソムリエ at 13:01| Comment(0) | 探訪G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする