東西の地区に分かれて氏子がそれぞれ宮講を組織し、毎年1人ずつ1年神主の大当(だいとう)と小当(しょうとう)が選ばれます。18日朝から神殿前の特設舞台と模擬苗作りが行われます。舞台は境内中央に組まれ約3b角の板床で、苗は約30aの2本の萱の先に樒(しきび)、藁(わら)の穂先、弊紙(へいし)を添えたものです。
夜になると冷え込む中、宮講の人々が集まってきます。
<境内には次々人が集まり、甘酒の振る舞いも>
祭礼の前に氏子たちは宮司さんから清めのお言葉を授かり、直会(なおらい)が始まります
<社務所では村の氏子たちに宮司さんからの清め神事が>
直会を終わると、本殿におもむき祝詞が上げられました。
<本殿にはいろいろな品物がお供えされ祝詞を奏上>
行事の田植えをするショトメ(早乙女)役は地域の子供が担当します。小学生の男児が務めてきましたが、近年の少子化で女児も参加するようになり、当日は4歳から11歳の男女、5人の子供が主役を務めました。
<ショトメの大役を前に社務所で出番を待つ子供たち>
境内の社務所では、直会の後、氏子らにより酒や乾燥した雑魚(じゃこ)をつまみに話が弾みます。
<大当・小当を中心に清めの盃をいただく>
午後7時から、境内に作られた舞台で御田植行事が始まりました。
社務所から提灯(ちょうちん)持ちに先導されて、木製の鍬(くわ)を担いだ大当以下、小当、ショトメの順に舞台に上がりました。
<社務所から境内の舞台に向かう大当・小当>
田主役の大当が舞台で詞章を唱えながら、鍬を用いて@鍬初め、A掛初め、B苗代角打ち、C苗代しめ、D水入れ、E水戸祭り、F福の種まき、G苧紡ぎ、H春田打ち、I管巻く鳥追い、J追苗取りと田植えの一連の所作を模していきます。
<木の鍬を使ったオンダ祭りの様子。背後にはショトメ5人が並ぶ>
J苗とり、K田植え、L追苗取りでは全員で舞台の上を回ります。子供のショトメは自分の背丈ほどの笠を肩から担ぎ大当と共に演じました。
<全員で舞台の上を回る>
小当が間水持ちとともに、この日のみ開帳される「若宮さん」を抱いて舞台に上がります。「若宮さん」は普段は平尾水分神社の御神体として祀られている黒い翁面を付けた人形で、体中にびっしりと紙縒(こより)が巻きつけられています。地区の人たちや見物人は自分たちの体の具合の悪い部分の紙縒を小当からもらい受け、大切に持ち帰りました。
<若宮さんに巻き付けられた紙縒をもらう人たち。どこが悪いのかな?>
この平尾の行事は、天保15年(1844年)の古式の詞章にのっとって行われています。田植えの一連の所作は古から受け継いだものです。
<大役ご苦労様でした>
ショトメの役を終え社務所に戻った子供たち。肩の荷がおり、ようやく笑顔が戻ります。
奈良県内のオンダ祭りの中でも最も古い形を残して五穀豊穣を願う平尾のオンダ祭り。今回は保存継承グループから8名が見学し、古式にのっとった地区行事を目の当たりにして見聞を広めることができました。
文・写真 保存継承グループ 橋詰輝己