2022年07月18日

第3回グルメサークル(奈良シニア大学)は、三輪そうめん流し(桜井市三輪)!

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「グルメサークル」は、当会会員が講師を務める「奈良シニア大学」のクラブ(課外)活動で、講師は当会の鉄田憲男専務理事、アシスタントも当会会員が交代で務めます。

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店頭の自販機では、クレープも!

このサークルは年間9回実施する計画で、5〜7月、9〜11月、1〜3月の各月1回の予定です。3回に2回は奈良市内の店、1回は奈良市以外の県内の店を訪ねます。

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第3回(2022.7.11)は、初めて奈良市以外の店を訪ねることになりました。アシスタントは友松洋之子(ともまつ・よしこ)さん。我々スタッフ2人を入れて28人の大所帯となりました。『奈良まほろばソムリエ検定 公式テキストブック』(山と渓谷社刊)「素麺」には、

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奈良時代に中国から伝えられた素麺は、中国後漢時代(25〜220)の記録にある索餅(さくべい)が原形だという。索餅は索麺(さくめん)や麦縄(むぎなわ)とも呼ばれ、奈良時代の貴族が食べる特別な一品だった。

素麺が作られるのは巻向川と初瀬川が流れる三輪山のふもと。かつて、巻向川にはいくつもの水車が回り、小麦をひいていた。夏の食品である素麺は極寒期に作られる。今でも寒風に晒される素麺は真冬の風物詩。

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ご店主が三輪の神さまについて解説!

ご店主の加藤秀幸(ひでゆき)さんのことが南都銀行の観光サイト「ええ古都なら」に紹介されていました。

アパレル業界出身の加藤さんには「奈良でしか出店したくない!」という強いこだわりがある。「大阪ならお好み焼き、神戸は餃子、香川にはうどんがある。同じように、全国の人がわざわざ食べに来たくなる、奈良でしか食べられない三輪そうめんを出すお店にしたい」と語るとおり、そうめんは三輪で有名な乾製麺所のオリジナル麺「誉(ほまれ)」を使用。しっかりとコシがあり、プリプリの食感がたまらない。

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この日の料理は流しそうめんと釜飯のセット。皆さん、ワイワイと語らいながら、そうめんと釜飯を楽しまれていました。乾製麺所のそうめん(乾麺)は店頭でも販売されているので、何人かがお土産用に買ってくださいました。

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食後は、友松さんのガイドで大神神社、活日(いくひ)神社、狭井神社を参拝。狭井神社では、皆さん持参された空のペットボトルに、ご神水をいただきました。冷たくて、とても美味しいお水です。

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こんなに楽しい「グルメサークル」ですが、8月は酷暑とお盆のためお休みとし、次回は9月となります。今、次回の訪問地を見つくろっているところです。皆さん、どうぞお楽しみに!

文 鉄田憲男 協力 友松洋之子
posted by 奈良まほろばソムリエ at 19:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月02日

集会所の仏像が奈良市指定文化財に!

奈良市鹿野園(ろくやおん)町集会所奥の祭壇に祀られている木彫十一面観音菩薩立像が、平成4年(2022)3月25日に、奈良市文化財に指定されました。同町自治会では、この指定を祝して法要を営むことに。埃まみれだった祭壇を拭き、十一面観音像を中心に不動明王など他の仏像群を並べ替え、新しく法具や幕をそろえ、大慌てで準備しました。

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鹿野園町集会所奥の十一面観音菩薩像を中心とする祭壇

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奈良市指定文化財指定書

同像が市文化財の指定を受けることになったのは、拙著『廃寺のみ仏たちは、今』(2020年発行)の取材がきっかけでした。同著を出版しようと思い立ったのは、当会で私が所属している「保存継承グループ」の活動中でした。
同グループでは奈良県指定を受けている仏像や建造物などの現状を調査(素人の目線で見たり聞いたりしただけですが)をしていました。その折、村人たちに守られながらひっそりと祀られている数体の“廃寺の旧仏”に出合ったのです。
「様々な理由により多くの寺院が廃されていったが、ご本尊たちはどうされたのだろう」という思いがふとよぎり、すぐに廃寺旧仏の資料収集と取材に取り掛かりました。もちろん個人的な活動です。
取材も兼ねて、奈良国立博物館名誉館員の鈴木喜博先生の講演(2019年)を聴講した際、「鹿野園町の十一面観音像は、文化財に指定されるほどの名品である」とご教示いただきました。
拙著にも記していますが、同町に梵福寺という寺院がありました。高円山麓の旧岩淵寺の子院とも、鑑真和上の弟子が建立したとも伝わる古刹です。しかし江戸時代に無住寺になり、明治の廃仏毀釈のあおりで廃寺となり、諸仏が同町集会所に集められたとのことです。

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『廃寺のみ仏たちは、今』文中に書かれた、廃梵福寺とその旧仏について

偶然にも私は鹿野園町の住民なので「あの取材した十一面観音さんが文化財に指定されるかもしれない」と知るや、自治会長に「教育委員会に申請しましょう」と持ち掛けました。自治会長も「よっしゃ、行ってくるわ!」と大喜びで奈良市へ。早速、同教育委員会の方や鈴木先生が集会所に来られて、仏像を厨子から出して綿密に写真を撮り、調査にかかってくださいました。

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十一面観音像の正面(撮影:奈良市教育委員会)

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十一面観音像の横からお姿(撮影:奈良市教育委員会)

調査報告によると、高さ約95pの、右手に錫杖を持つ長谷寺式の十一面観音像。頭上にいただく十面の配列は乱れているものの、後補は一面のみ。ヒノキ材の素木造りで清浄感を重んじた造像法とのこと。眉と目が大きく、頬骨が張った顔面、衣の縁が微妙にうねる質感の表現、少々胴長で厚みのある腰などの造像表現が、慈明寺(じみょうじ)(橿原市)安置の、椿井仏師舜慶(つばいぶっししゅんけい)作(室町時代)の十一面観音像と酷似する、貴重な仏像ということです。

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十一面観音像のお顔(撮影:奈良市教育委員会)

5月28日午前、自治会主催で集会所にてお祝いの法要が営まれました。信貴山千手院高山別院の佐々木院主に導師をお願いし、千手院の後輩で弟子でもある私が脇僧を務め、読経しました。50人ほどの参列者も皆さん神妙な面持ちです。

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法要に参列された方々

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読経をする佐々木導師と小倉脇僧

翌々日、奈良新聞に法要の様子が掲載されました。町民の一部からは「防犯対策を考えなあかんな」と意見が交わされ、とりあえず防犯ベルを取り付けました。施錠は厳重ですが。

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法要について掲載された、奈良新聞の記事

同集会所は「山の辺の道奈良道」の通過地点であることから、自治会では、今後は十一面観音像を日を決めて一般公開し、町の活性化と奈良観光に寄与していきたいとのことです。
高円山山麓の小さな町の大きな宝物として十一面観音さんは再び輝きを増しておられます。


文:保存継承グループ・小倉つき子
写真:奈良市教育委員会、鹿野園町自治会、小倉つき子
posted by 奈良まほろばソムリエ at 10:32| Comment(0) | 保存G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする