2020年02月15日

保存継承グループ  桜井市:笠山荒神社の「初荒神」見学記

桜井市北部の笠地区の鷲峯山(じゅぶさん)に鎮座する笠山荒神社で1月28日に初荒神(新春荒神大祭)が執り行われ、グループ有志で見学しました。

荒神とは、仏教や修験道の三宝(仏・法・僧)を守護する三宝荒神信仰と、中世の神仏習合の流れで生まれた火の神や竈(かまど)の神を意味する荒神信仰が結びついたものとされています。笠山荒神社は笠山荒神、または笠荒神とも呼ばれ、日本三荒神=他の2カ所は野迫川村の立里(たてり)荒神、兵庫県宝塚市の清(きよし)荒神=の第一の荒神社ということです。

大祭は1月、4月、9月のそれぞれ28日の年3回行われますが、このうち1月は初荒神と呼ばれ、近隣府県からも参拝者が集まります。当日は雨も心配されましたが、風がやや強めだったものの青空が広がる好天に恵まれました。
JR・近鉄桜井駅北口から臨時バスを利用、約40分で「笠そば処」駐車場の臨時停留所に到着。北参道入口の鳥居をくぐって境内に進みました。

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<北参道の鳥居近くに掲示されている説明板>

「平成19年」と刻まれた狛犬に迎えられ、きれいに掃き清められた参道を神社に向かいます。両側に並ぶ各地の信者から奉納された石灯籠には電球に灯が入り、この日の大祭を祝しているかのようです。
しばらく進むと神社拝殿前ですが、大祭ではふもとの竹林寺から本殿まで上りの石段をお神輿が渡御することになっていますので、石段を下って同寺に向かいます。表参道の鳥居をいったん出て100bほど進むと竹林寺です。

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<竹林寺近くにある表参道の鳥居>

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<竹林寺収蔵庫で初荒神に合わせて公開された重文の薬師如来立像>

江戸時代までは笠寺と言われ、今より大きなお寺だったそうです。荒神社は明治初めの神仏分離令で神社が今の場所に遷座するまでは、こちらに祀られていたそうです。
『笠荒神鷲峯山竹林寺来由記』には、持統天皇の時代に役小角(えんのおづぬ)が笠山に荒神を祀ったこと、東大寺の無事建立を良弁僧正が祈願し荒神の像を板に描いて寺に留め置いたこと、その荒神板絵を見て弘法大師空海が木像を刻み笠山に安置したことが伝わります。現在は本堂内の厨子に「荒神板絵像」が祀られており、大祭の時には神霊が神輿で神社まで渡御されます。

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<竹林寺を出発する神輿>

竹林寺本堂から神輿が4人で担がれて出発するのを拝見した後、本堂で本尊の十一面観音立像など、収蔵庫で薬師如来立像(重文、平安時代作)などを拝観しました。神社に戻る前に表参道入口近くに祀られている閼伽井不動を参拝。説明板によりますと、空海が高野山を開く前、ここの閼伽井の池で21日間の水行を修め、石像の不動明王を祀り、無事高野山を開いたとあります。

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<空海ゆかりの閼伽井の池(手前)と閼伽井不動>

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<拝殿前に到着した神輿と参拝の人々>

その後、神輿が拝殿前に到着し神事が行われました。背後の本殿では土祖神(つちのみおやのかみ)など3柱が祀られていて、神輿は拝殿の祭壇の後方、本殿との間に安置されました。参拝者は拝殿前で祝詞に聞き入り、神楽を拝見し、神事は1時間ほどで終わりました。
その間、参拝者に恒例の甘酒が振る舞われ、ポットに入った甘酒も販売されていました。境内では同じく見学に来ておられる「奈良まほろばソムリエの会」の方々にもお会いしました。

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<多くの参拝者たちが境内を埋めた>

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<甘酒の振る舞いや販売が行われた境内の参集所>

昼食は境内を出て笠そば処でお蕎麦などを頂きました。地元の人たちから「笠荒神、竹林寺、笠そば処それぞれを大切にして、地区を守り、存続を目指している」と聞いて感動しました。
初秋にソバの花が畑一面に咲いている写真を見て、次回はその“お花畑”を見に来たいと思いつつ、帰りも臨時バスで桜井駅へ向かいました。

保存継承グループ  文:田嶋ひろ子、写真:久門たつお


posted by 奈良まほろばソムリエ at 10:00| Comment(0) | 保存G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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