2013年05月15日

東京国立博物館「大神社展」

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東京国立博物館にて「大神社展」が開催されています。
うたい文句は「過去最大の神道美術展」。
そうそうたる国宝、重文が展示されていました。
第1章 古神宝、第2章 祀りのはじまり、第3章 神社の風景、
第4章 祭りのにぎわい、第5章 伝世の名品、第6章 神々の姿
とコーナーを分け、そのテーマ毎に神道美術を展示しています。

奈良からも数多く出展されていました。
★石上神宮から七支刀(国宝)、鉄盾、★春日大社から古神宝の数々(国宝・重文)他、
手向山八幡宮から唐鞍(国宝)と★螺鈿の鞍(重文)、勝手神社から武装神坐像、★大和文華館から子守明神像などなど。
(注 ★5/6までの前期のみ)

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奈良に関するもので印象に残ったものをご紹介します。
@吉野御子守神像(一幅)個人蔵
吉野水分神社の国宝、玉依姫命を写したものといわれています。
正面向きの神様の絵は珍しいそうです。
この像は三つで一セットと考えられていて、右横にあったであろう
A子守明神像(大和文華館蔵)も一緒に展示されていました。
どちらも南北朝時代、14世紀のものです。
左側にはどのような神像の絵があったのでしょうか?

B武装神坐像(二軀) 勝手神社蔵
平安時代12世紀のものだそうです。その当時使われていた鎧を忠実に写しているそうです。他には例がないとか。
いかめしい格好ではありますが、恐い感じはしませんでした。
余談ですが、恥ずかしながら(一応ソムリエですが・・・)奈良県勝手神社がどこにあるのか
実はそのときまで知りませんでした。
調べてい見ると吉野とのこと。何度となくその前を通っていて全く気がついていませんでした・・・
先日訪れてみましたが、境内は立入り禁止でした。
地元の人に聞いてみると、2001年に不審火で本殿が消失してしまい、
社務所はかろうじて残っているそうですが、崩壊の危険があるので、立入り禁止にしているそうです。
本殿の再建は難しいらしく、近いうちに社務所を整理して(壊して)境内を整備したら、その時はまた開放するとのことでした。
火事になったとき、武装神像はかろうじて救い出されたようです。今は吉水神社に祀られているとか。
後付ですが、そういう経緯があったんだとわかっただけでも、この神像に出会えて良かったです。

C小丹生之明神像 和加佐国比古神(男神座像)和加佐国比女神(女神座像)(重文)
福井県若狭神宮寺から来ていました。
わかさ国のおにゅう明神?ということは、もしかしたら二月堂に釣りをしていて遅れてしまった神様のことかしら?と思ったら、やはりそうでした。
713年までは、遠敷を小丹生と書いていたようです。
鎌倉時代の作ですが、神様ということで昔の名前が付いているのでしょうか??
この小丹生之明神、松尾大社をはじめとする威厳のあるちょっと恐そうな神像とは雰囲気が違っています。
優しげで親近感があります・・・
深読みしすぎですが・・・遅れちゃって恐縮している雰囲気を感じてしまうからかもしれません・・・
神像としてみた場合はなんともいえませんが、一つの彫刻としてみた場合、すごくいい彫りです。
腕の立つ仏師が彫ったのかもしれません。
ちなみにこの像は初めての一般公開だそうです。実に750年ぶり!
彩色も綺麗に残っています。

東京国立博物館での展示は6月2日まで。
その後は来年九州国立博物館にて開催予定です。2014年1月15日〜3月9日

(奈良まほろぼソムリエの会  橋口 鈴子)
posted by 奈良まほろばソムリエ at 06:42| Comment(0) | 他国便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月24日

常陸国府・国分寺ツアー

                 関東サークル
                2月23日(土)実施


 JR上野駅に集合して常磐線で茨城県石岡市へ出発する。途中乗車したメンバーを含めて7名の参加である。
乗車1時間36分で石岡駅に。駅から北西へ徒歩約15分で常陸国分寺跡に到着する。現在は真言宗寺院の国分寺が建っているが、現薬師堂の辺りが金堂跡である。その北側に講堂跡の礎石も残っている。
また境内には天保年間に都々逸節を創始し、この町で没した都々一坊扇歌の墓と扇歌堂が建っている。
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塔心礎(東方の塔跡から境内に移動)     金堂跡の石碑

 国分寺跡からさらに北西へ徒歩15分で国分尼寺跡に着く。今は史跡公園として保存・整備されている。広々とした芝生の空間と植込みで表現された回廊跡が古代の空気を感じさせる。
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中門(手前の木)の向こうに金堂基壇が見える

 尼寺跡から南へ約20分歩くと市立石岡小学校がある。校庭の発掘でこの場所が常陸国府の国庁跡であることが判った。学校内には民俗資料館があり、鹿の子遺跡などの市内史跡資料が展示されている。
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 石岡小学校の校庭では少年野球の練習  民俗資料館

 校庭の南側には常陸国総社宮がある。その例大祭(9月)は規模の大きいことで有名である。2月16日〜3月3日の期間「いしおか雛巡り」が開催されており、町中の施設・商店などに雛人形が飾られている。ここにも参集殿・社務所に雛人形が飾られていた。
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 雛飾りのある参集殿・本殿・拝殿

 それから中町通りへ戻り、展示や特産品販売をしている[まち蔵藍]へ立ち寄る。まちなかには11もの国の登録文化財に指定された建物が残っており、ここもその1つ(江戸時代末期建築の染物屋)。蔵造りの建物内の見学もできる。そしてようやく昼食ということで、昭和7年頃建てられた登録文化財の蕎麦屋[東京庵]でおいしい天ぷら蕎麦を味わった。
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 中町通りの街並み

 石岡駅に戻り、高浜駅に1駅移動して、舟塚山古墳・府中愛宕山古墳を見て回った。
舟塚山古墳は全長186m、前方部を西に向けた前方後円墳、築造年代は5世紀後半で東日本第2位の規模を誇る。
府中愛宕山古墳は全長96m、前方部を南東に向けた前方後円墳で、築造年代は6世紀前半である。
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前方部から後円部を望む(舟塚山古墳) 後円部を望む(府中愛宕山古墳)

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 本日参加のソムリエの皆さん(高浜駅にて)。歩数約2万歩の行程、お疲れ様でした。

by 佐吉多万比古
posted by 奈良まほろばソムリエ at 13:33| Comment(1) | 他国便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月26日

関東の国府・国分寺を訪ねる<下野編>

 関東国分寺めぐりも四回目となる今回は、10月13日(土)、栃木県南部の下野を訪ねた。地名の元となった毛野(ケヌ)氏の支配下にあった下野は、国府・国分寺・尼寺に加え三戒壇と道鏡の配流で知られる下野薬師寺が近くにある。しかし、歩くには遠くバス便もないので、自家用車2台の乗り合いで周ることになった。
 10:10栃木駅に総勢11名(内ソムリエ8人)が集合。まず下野国庁跡を目指した。

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     前殿が復元された下野国庁跡

 下野国庁跡は、思川沿いに広がる田畑の中に忽然と現れた。平安時代の「和名類聚抄」の「国府在都賀郡」記述から、4年間の地道な調査の結果、1979年8月に国庁跡と確定したというから新しい発見といえる。今は、「前殿(ぜんでん)」が復元されているほか、東西の「脇殿」を示すコンクリートの藤棚も作られている。

 「前殿」の柱は、手斧や槍鉋を使って削られ丹塗り、連子窓は緑青塗り、屋根は簡素な組み物ながら鬼瓦・軒の丸瓦・平瓦とも発掘品を元に丁寧に復元されている。「前殿」の後ろには本来「正殿」が配置されているらしいが、今は神社があり未発掘だそうだが、もし発見できれば、しっかり形の整った国庁が復元されるのではないか。 隣接する「下野国庁跡資料館」では、瓦など出土品と復元模型が展示されていた。

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     下野国分尼寺中門跡から金堂基壇を見る

 栃木市から思川を渡って下野市に入ると、姿川と挟まれた微高地に谷を挟んで東西に国分寺跡と尼寺跡が配されている。きめ細かく肥沃な黒土の台地に二寺跡がある。

 尼寺跡の脇の林の中に静かに佇む「しもつけ風土記の丘資料館」の谷中さんに二つの寺跡を案内してもらった。尼寺は南大門、中門、金堂、講堂と南北に一直線に配置されていたのだが、今は中門と金堂の礎石が確認されている。ただ中門基壇は、後年大きく削り取られ、正確な高さは不明との事。基壇の縁石も柱礎石も栃木県産の大谷石が使われていたのにはびっくりしたが、当時も大谷石が使われていたそうだ。

 尼寺跡の周りは形のきれいな「薄墨桜」の古木で囲まれ、谷中さんによると花の咲く三月末頃は見事で人気のスポットだという。

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     下野国分寺跡講堂基壇

 国分寺跡は、寺域を示す堀跡の砂利敷き、南門、中門、回廊、金堂、講堂、経蔵などの基壇がきれいに復元されている。谷中さんが、大谷石で敷き詰められた講堂基壇の表面が軒先あたりから外に向かって傾斜がついていることを教えてくれた。なるほど、軒先からの雫が効率よく基壇外に流れ出すよう僅かに傾斜している。先人の細かい気遣いといったところか。

 国分寺の塔といえば七重塔。中門の東に基壇が復元されていた。一辺が約18m、この基壇の上に高さ60mの塔が建っていたというのだが、想像できないでいると、谷中さんが周りの木の高さに例えて、四つ分ですよと説明してくれた。直径90cmという心柱と四天柱の礎石の様子も復元されていており、資料館には復元された心柱の下部の原寸模型が展示されている。これは見逃さないようにしたい。

 国分寺跡の南西隣には、帆立貝型前方後円墳(6世紀後半)「甲塚古墳」がこんもりとした森と共に佇んでいる。ここから出土した大型の馬の埴輪のレプリカが資料館に展示されいる。

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     歴史館屋上から眺めた下野薬師寺伽藍跡

 東北新幹線の自治医大駅を挟んで東に下野薬師寺跡がある。日光男体山や筑波山がよく見渡せる小高い丘の上に「下野薬師寺歴史館」があり、その屋上から下野薬師寺の全景を眺めてから見てみるのが良いかもしれない。

 下野薬師寺は、国分寺が建設される半世紀も前、7世紀末に作られ始めている。この時期は丁度、土地の豪族出身の下毛野朝臣古麻呂が中央政界で活躍した時期とも重なる。古麻呂が死んだ後、730年ごろに国の機関「下野薬師寺造寺司」が設置され官寺となり、その後日本三戒壇の一つとなるのだが、下野薬師寺はそれよりはるか前に作られていることがわかる。

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     六角堂での集合写真

 下野薬師寺跡の中心部には現在「安国寺」があり、中心部の発掘はまだ進んでいないようだ。しかし、回廊など周辺部の発掘は進み、北西角の回廊が一部復元されている。国庁の「前殿」と同じように丹塗りと緑青塗りが施されている。創建時の五重塔の土壇は森の中に復元されているが、再建の塔跡は県道を挟んだところに未整備のままの崩れた状態で残っている。

 土壇だけ残る東側建物跡と対になった西側建物跡あたりに、安国寺六角堂(江戸時代)が建っている。八角堂は各地にあるが六角堂は珍しい。軒下が高いので開放的な印象をうけるが、きれいな落ち着いた六角堂だ。ただ、六角堂と同じ場所に「戒壇跡」の石碑が建っているのだが、戒壇跡の位置はいまだ確定していない。元の寺域内の東北部分とあったと見られているらしいがまだ見つかっていない。この石碑は少々観光匂がしていただけない。

 次に下野薬師寺跡の南東数百メートルにある、下野薬師寺の子院と称する龍興寺を訪ねた。境内に「道鏡塚」と戒壇つながりで鑑真和上の供養碑があった。木立の塚の前に、地元の市民団体「道鏡を守る会」が「道鏡の徳を守る」と記した解説板が立っている。

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     龍興寺境内にある道鏡塚石碑

 更にもうひとつ道鏡つながりで、JR石橋駅から西に1km程の所にある「孝謙天皇神社」まで足を延ばした。畑の中に地味な祠と鳥居があるだけで、地元の人も分かっている人は少ないのではないかと思われた。

 というわけで、今回の国分寺めぐりも前回下総に続きてんこ盛り企画でした。全国の皆様も是非足を伸ばしてみては如何でしょうか。

                  (関東サークルメンバー 原 英男)

posted by 奈良まほろばソムリエ at 22:32| Comment(0) | 他国便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月02日

奈良を偲ぶよすが(2)−国史跡 武蔵府中熊野神社古墳

 JR南武線西府駅から北へ徒歩約8分ところに熊野神社古墳はある。
熊野神社本殿の後ろ側に保存整備工事によって復元された築造時の姿を見せている。また南側には展示館および石室復元展示室が設置され、墳丘土層標本・調査時の写真・解説パネルなどが紹介されており、石室の大きさも体感できる。

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  全景(展示館・古墳・神社拝殿・鳥居)

 形式は上円下方墳で、築造年代は7世紀中頃とされる。墳丘は三段構造で、1段目は一辺32m、2段目は一辺23mの正方形、3段目は直径16m、高さ6mの大きさである。
全国で上円下方墳と確認されている古墳はこのほかには次の3基のみで、熊野神社古墳はその中で最大・最古と説明されている。
 ・石のカラト古墳(奈良県奈良市・京都府木津市)
 ・野地久保古墳(福島県白河市)
 ・清水柳北1号墳(静岡県沼津市)

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  南側(本殿、石室入口、説明板、石碑)

kumano03.jpg 東北側からの墳丘全容

 横穴式石室は前室・後室・玄室の3室からなり、羨道を含めた奥行き8.7m、玄室の高さ3mである。
平成15年の調査時には石室の天井は崩落しており、復元石室では切石が積まれていた部分は黄土色に、推定復元した壁・天井部分は濃い灰色に着色されている。
玄室からは多数の釘、ガラス製の玉、七曜文鞘尻金具、環金具などが出土している。

kumano04.jpg 石室復元展示室(玄室から入口方向)
※画像をクリックで拡大

by 佐吉多万比古
posted by 奈良まほろばソムリエ at 16:43| Comment(0) | 他国便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月19日

東京開催の講演会のお知らせ

このたび奈良の魅力を伝えるため、また奈良検定の普及のために東京にて次の講演会が開催されます。奈良通2級の検定は東京会場でも受けられます。
奈良ファンを一人でも増やすために、口コミ等で宣伝していただき、できるだけ多くの方々の参加をお待ちしております。

1)第1回 奈良まほろばソムリエ講座 「検定で知る!奈良の魅力」

ブログ「日々ほぼ好日」で毎日、奈良の情報を発信されている鉄田氏に奈良の魅力や旬の情報、また奈良の歴史・文化を知るためには格好の試験である「奈良検定」(奈良通2級試験)についてお話していただきます。

1.日時 : 平成24年9月29日(土)14時00分〜(1時間半程度)
2.講師 : 鉄田 憲男 氏 (「奈良まほろばソムリエ友の会」事務局長)
3.会場 : 奈良まほろば館2階
4.資料代等 : 無料
5.定員 : 70名(先着順)

※申込みは奈良まほろば館のホームページ↓からどうぞ!
http://www.mahoroba-kan.jp/course.html

2)奈良まほろばソムリエ検定 東京セミナー

奈良商工会議所主催にて待望の来村先生のセミナーが東京で開催されます。来村教授は奈良検定では受験対策セミナーや体験学習プログラムの講師を務め、「わかりやすい」解説で人気を集めています。

1.日時 : 平成24年10月23日(火)
       開場13時30分 開演14時00分 終了予定16時00分
2.演題 : 「奈良通をめざすための基礎講座」
3.講師 : 来村 多加史 氏 (阪南大学国際観光学部教授)
4.会場 : 「銀座ブロッサム」中央区中央会館
5.参加費 : 1,000円(税込)
6.定員 : 900名(先着順)
7.申込締切日 : 平成24年10月5日(金)

※詳しくは奈良商工会議所のホームページのパンフレット↓を参照ください
http://www.nara-cci.or.jp/pdf/20121023.pdf

posted by 奈良まほろばソムリエ at 10:16| Comment(0) | 他国便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする