2019年12月12日

「JR万葉まほろばウォーク」ONE TEAMで大成功!!

令和元年12月7日(土)、JR万葉まほろば線専用臨時列車で行く「JR万葉まほろばウォーク」が、奈良まほろばソムリエの会の主催、JR西日本大阪支社さんのご協力で、盛大に開催されました。

7月の報道発表から約5か月!当会主催による初のビッグイベントは、JR西日本さんの格別のご協力のもと、ガイドグループ・東エリア担当の石田一雄理事をリーダーに、ガイドG総力をあげて準備を重ね、下見も3回、回を重ねるごとに改善されていきました。当日は雨に降られることもなく、寒い風にさらされることもなく、ちょうどいいウォーキング日和となりました。

午前11:45 JR万葉まほろば線(桜井線)に参加者94名+当会ガイドGを中心にスタッフ約40名の合計140名ほどが乗り込み、新型車両・4両編成貸切列車の出発です!

車内アナウンスでは、ガイドGの佐々木むつみさんが当日のコースを伝え、続いて鉄田専務理事の紹介で、当会万葉集の達人・米谷潔さんの「万葉ミニ講話」が始まりました。

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米谷さんは、万葉まほろば線の「まほろば」(真秀ろ場)とは「素晴らしい場所」であるということや、倭建命の歌「倭は 国のまほろば たたなづく青垣(あおかき) 山隠(やまごも)れる 倭しうるはし」、大伴家持の「新(あらた)しき年の始(はじめ)の初春(はつはる)の 今日降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)」をご紹介。

そして、「万葉集は7〜8世紀の130年間を第1期~第4期に分けていること」「万葉集は歌集であるとともに歴史書でもあること」「原文はすべて漢字で、掛け算の知識もあったこと」「元号令和のこと」等わかりやすく解説されました。

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乗客の方々は、しっかりと米谷さん作成の資料を読み、耳を傾け、柿の葉寿司のお弁当を食べながら、到着後に始まる「JR万葉まほろばウォーク」のために「頭の準備体操」をしておられました。

午後12:12 巻向駅到着。さぁ10班に分かれて、当会史上最大のガイドツアーのスタートです。

まずは、初期ヤマト政権発祥の地、邪馬台国の候補地として全国的にも有名な纏向遺跡と、卑弥呼の祭祀場跡かともいわれる大型建物跡をご案内。

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続いて、前期古墳では全国8番目、奈良県でも2番目に大きい渋谷向山古墳(景行天皇陵)へ。

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そして、その先には額田王歌碑。有名な長歌「味酒(うまさけ)三輪の山 あをによし…」や反歌「三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情(こころ)あらなむ 隠(かく)さふべしや」を。ここでは、ガイドさんの「犬養節」を聞かれた人も、いらっしゃったのでは?!

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そして、ここから「柿本人麿 四連打です!」と。それぞれ揮毫者も違い、解説。

巻向の川音(かはと)、痛足川(穴師川)の川波、巻向の岸の小松に降る雪、流れゆく水沫(みなわ=水の泡)を詠んだ歌碑を巡っていると、万葉びとは自然を五感で味わい表現し、なんてひたむきで感性が高かったのだろうと、驚くばかりです。

また、高市皇子の万葉歌碑では、皇子と十市皇女の系図などを見せてもらいながら、2人の思いにも近づいていきます。

そして、午後2時頃にはどの班も檜原(ひばら)神社へ到着。

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この神社が「元伊勢」と言われる理由、「三ツ鳥居」のこと、注連柱(しめばしら)を通して、春秋の彼岸の頃に二上山に沈む絶景の夕日の話などをされました。
(ここで、少し休憩)
また、万葉歌碑を求めて歩き出します。

すると、奈良時代末〜平安時代初めの興福寺の高僧・玄賓(げんぴん)さんが隠棲された玄賓庵(げんぴあん)が見えてきました。ここでは、世阿弥作の謡曲「三輪」の話を解説。

さぁ、次にここを上れば、「大美和の杜(おおみわのもり)展望台」。藤原京に思いを馳せながら大和三山を一望します(雨でなくて良かったです)。

その後、医療と薬の神様をお祀りする狭井(さい)神社へ。拝殿奥には、万病に効くと言われる霊水の湧く「薬井戸」があり、皆さん順番に飲まれていました。

そして、最後の3つの万葉歌碑。長屋王、高橋活日(いくひ)命と、楽譜のついた倭健命の歌碑(黛敏郎さんが作曲された五線譜の歌碑)。ここで、1班のガイド(ガイドG研修リーダー)安井永さんは、コーラス部で培われたお声で「大和は 国のまほろば たたなづく青かき〜♪」を歌ってくれました。(拍手〜!)

そして、3時を過ぎると各グループは続々と終点の大神神社拝殿前へ到着。

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晩秋の美しい紅葉(黄葉)が迎えてくれました。

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ガイドの皆さんは、ご祭神・大物主大神のことやご神体山・三輪山のこと・巳の神杉(みぃさん)のことなどを話され、最後の挨拶をされていました。

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参加者の皆さんは、お礼をおっしゃって別れた後、拝殿などを参拝され、(歩き続けたお疲れもあったでしょうが)さわやかな笑顔で家路へと向かわれました。

少し感想を聞いてみると…
「ガイドさんの詳しい解説がとても良かったです。」
「1人では出かけにくいけど、ツアーなら皆と行けるので安心でした。」
「電車の貸し切りなんて、めったになくて楽しかったし、万葉講座も面白かったです。」
「いつも万葉歌碑ってあったとしても見ていなかったので、1つ1つを教えてもらえてありがたかったです。」
「歩き慣れた所なんだけど、また話を聞いて新鮮な感じで楽しめました。」
「ガイドさんは、80歳近くなのにこれだけ歩いて展望所にも登って、ご立派です!」
「楽しかったから、ぜひまた企画して下さい!」等々、たくさんの感謝と新たな企画ご希望のお言葉をいただきました。

お客さまとスタッフ、総勢約140名、皆一緒に列車に乗って、お口には柿の葉寿司、お耳には万葉講座、そして歌碑を巡るウォーキング!「令和の記念に、みんなで万葉集を楽しみましょう」と当会とJR西日本さんがONE TEAMで進めた今回の企画、大成功裡に幕を閉じました。

文:ガイドG 増田優子 写真:鉄田憲男専務理事


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posted by 奈良まほろばソムリエ at 21:24| Comment(0) | ガイドG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

キトラ・マルコ・高松塚の飛鳥三兄弟古墳を散策

今回の飛鳥地域散策のテーマは、「キトラ・マルコ・高松塚の飛鳥三兄弟古墳を散策〜四神の館と飛鳥の奥津城巡り〜」です。
三兄弟古墳を中心に、飛鳥地域の古墳時代・終末期古墳(7世紀前半)を案内するコースです。3つの終末期古墳の構造上特徴や立地について風水思想の影響、藤原京南西部エリアに広がる聖なるゾーン(陵墓地域)の説明がガイドポイントでした。

<行程>
近鉄飛鳥駅から明日香村東部の高松塚古墳・キトラ古墳を巡り、壺阪山駅から近鉄線を西へ越えて高取町の束明神古墳を巡り、マルコ山古墳ほか明日香村西部の古墳をたずねて、飛鳥駅に帰ってくる周回コースです。
近鉄飛鳥駅→高松塚古墳→檜隈寺跡→キトラ古墳→四神の館(昼食休憩)→(壺阪山駅)→岡宮天皇真弓丘陵→束明神古墳→マルコ山古墳→牽牛子塚古墳→岩屋山古墳→近鉄飛鳥駅 全行程約10kmで途中登り坂が多い健脚向きコースです。

4月16日(日)朝から晴天に恵まれウオーキング日和です。桜の満開は過ぎましたが、まだ花が残り春の香りが広がっています。距離が長い健脚向きコースで、最高気温25度の天気予報でしたが、67名もの皆さんにご参加をいただきました。
9時40分集合でしたが、近鉄吉野線の本数が少なく待ち時間が長くなるので、早く集まられた方から先に少人数のグループを組んで出発しました。

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<近鉄飛鳥駅から高松塚古墳へ>

まず「高松塚古墳」です。1972年から始まった調査で、石室内部から鮮やかに彩色された壁画が発見され、日本中に考古学ブームを巻き起こしました。これを契機として、「終末期古墳」が認識され始めました。今回の終末期三兄弟古墳の最初の古墳です。
壁画館には入らずに先を急ぎます。
 
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<高松塚古墳 1>

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<高松塚古墳 2>

檜隈寺跡前休憩案内所を経由して、「於美阿志神社・檜隈寺跡」です。於美阿志神社(延喜式内社)は渡来人集団・東漢(やまとのあや)氏の氏寺だった檜隈寺(ひのくまでら)の跡地に位置しています。1979年からの発掘調査によって、金堂・講堂とその基壇・塔・門・回廊・仏堂などが確認されました。

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<於美阿志神社・檜隈寺跡>

「キトラ古墳」は、終末期三兄弟古墳の2つ目の古墳です。高松塚古墳の発見を契機に、1983年ファイバースコープを使用した調査で壁画が確認されました。四神などの壁画のほかに、天井に描かれた天文図は、現存する世界最古の精緻なものと評価されています。

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<キトラ古墳>

「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」は、昨年9月に開館したキトラ古墳の壁画や出土品を保存管理・展示する施設です。周辺は国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区として整備され、休憩設備や芝生、ベンチがあるので、ここで昼食休憩をとりました。

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<キトラ古墳壁画体験館 四神の館前>

昼食休憩の後はあまりなじみのない行程をたどります。壺阪山駅に向かい駅南の陸橋をわたって西側へ、高取町役場の前を通って、途中「森カシ谷遺跡」を遠望しながら、飛鳥の王宮と紀ノ川河口とを結んだ「紀路」に入ります。「岡宮天皇陵」の前を通って、束明神古墳へ。岡宮天皇陵は宮内庁が草壁皇子の墓として管理する陵墓で、草壁皇子は、持統3(689)年に没し、天平宝字2(758)年に岡宮御宇天皇(おかのみやにあめのしたしろしめししすらみこと)と諡号を贈られました。

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<壺阪山駅南の陸橋を渡る 1>

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<壺阪山駅南の陸橋を渡る 2>

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<森カシ遺跡を望む>

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<岡宮天皇真弓丘陵>

しばらく上りが続く難所の行程に向かいます。丘陵の途中にある佐田集落の中を抜けて、一番奥にある春日神社への百段ほどの階段を上ります。「束明神古墳」は、春日神社境内に残る終末期古墳で、八角形墳と推定され、真の草壁皇子陵とする専門家が多いです。
 
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<春日神社・束明神古墳 1>

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<春日神社・束明神古墳 2>

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<佐田集落>

束明神古墳の後、丘陵沿いの山道を通って明日香村にもどり、三兄弟古墳の最後、六角形墳の「マルコ山古墳」に向かいます。高松塚古墳のような壁画が描かれた古墳は他にもないのかということで、1978年に調査されましたが、壁面に漆喰は塗られていたものの壁画はありませんでした。墳丘上に登れ、トイレも設置されています。

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<マルコ山古墳への道 1>

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<マルコ山古墳への道 2>

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<マルコ山古墳>

さらに丘陵沿いの山道を、途中にある「真弓鑵子塚古墳」を遠望しながら、「牽牛子塚古墳」に向かいます。牽牛子とはアサガオの別称で、以前は「あさがおづかこふん」とか「御前塚」と呼ばれていました。牽牛子塚古墳は版築により造成された八角形墳で、斉明天皇の墓の可能性が高いといわれます。ただし、宮内庁は、高取町大字車木に所在する車木ケンノウ古墳を、斎明天皇の越智崗上陵 (おちのおかのえのみささぎ)として管理しています。
隣接する「越塚御門古墳」の被葬者は、大田皇女(斉明天皇の孫、中大兄皇子の長女)が有力です。

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<牽牛子塚古墳への道 1>

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<牽牛子塚古墳への道 2>

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<牽牛子塚古墳>

今回の行程の最後となる岩屋山古墳は終末期の方形墳です。精緻な花崗岩の切石を積んで構成されている「岩屋山式」と呼ばれる横穴式石室で有名です。墳丘の上には一本桜が咲いていました。

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<岩屋山古墳>

天気予報通り最高気温25度の夏日になりましたが、参加者の皆さんは健脚揃いで一人の脱落者もなく、全員飛鳥駅まで無事戻ってこられました。

お客様のアンケートでは、9割の方から満足という評価をいただきました。距離の点でもちょうど良いというご意見が9割を占めました。
個別には「ガイドの説明が詳しくわかりやすかった。古墳のことがよくわかった。一人では行きにくい駅西側の古墳を廻れてよかった。」などのご意見をいただきました。
ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

記 石田一雄

posted by 奈良まほろばソムリエ at 14:53| Comment(0) | ガイドG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月18日

秋の特別ウォークイベント「山の辺の道 古代ロマンを訪ねて」

奈良まほろばソムリエの会、ガイドグループ発信のイベントが11月17日(日)に開催されます。
これまで9つのコースの開発に力を注いできた私たちですが、こちらから日程とコースを提示して参加者を募る、チャレンジ企画です!
春から練ってきたこのコースは、まほろばソムリエならではの切り口ですが、難しい話に暴走することはございません。(笑) 気軽に秋の山の辺を楽しんで頂けるコースとなっております。


簡単に紹介してみますと・・・

9:40桜井駅北口に集合 仏教伝来の碑から金谷の石仏へテクテク歩きます。
おなじみの大神神社から狭井神社へ、コクコク美味しい薬水を飲んで元気100倍!
お弁当食べてから、檜原神社で三つ鳥居に向かってお参りをすると、振り返れば二上山の姿。
山の辺を歩きながら、金剛葛城の峰々を背景に大和三山を眺めれば、「大和は国のまほろば・・・」を口にせずにはいられません。
その後、井寺池から箸墓古墳へ。邪馬台国の女王卑弥呼に思いを馳せると、あなたの心は古代の昔にタイムスリップ!
巻向駅に着く頃は、「新しい発見や感動」を持って帰ってもらえること、間違いなしです!

いかがですか?少しでもワクワクしてきたあなたは、今すぐ下記のページの申し込みフォームからエントリーしてください。皆様との出会いを、心よりお待ちしております。

http://sguide81.blog.fc2.com/blog-entry-42.html             

2013年9月16日 ガイドグループ マッキー

posted by 奈良まほろばソムリエ at 23:19| Comment(0) | ガイドG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月04日

ガイドグループの新規コース開発に参加して

ガイドグループ員のコンペで新たな6コースが決定された。その中の吉野T、Uコースの担当責任者の富田さんから一緒にやらないかとの電話があった。遠いので二の足を踏んだが同期入会のよしみもあり引き受けることにした。そしてもう一人宇田さんがパートーナーとして参加した。富田さんに叩き台となる説明資料を出してもらい、説明項目を少なく、「平易な文で」をモットーにスーパーのフードコートなどで朝から晩まで喧々諤々、口角沫を飛ばす議論を行った。しまいに「そこまで削られてはコースコンセプトが生かせない」と喧嘩一歩手前までいくこともあった。3人でコース実習をした際、バス停前の飲食店で議論白熱の余りバスを見過ごし運転手の好意で引き返してもらった。二日前に降った雪で凍結した金峰神社前の坂道を恐る恐る登った。吉野T(Y11)コースのコンセプトは「修験道と吉野の神々を巡る」、吉野U(Y12)コースのそれは「後醍醐天皇と天武天皇の宮跡をたどる」でコンセプト通りに仕上がったのではないかと思っている。

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<2月11日 桜木神社にて>

コースを少し紹介しよう。蔵王堂の堂内に一歩踏み込むと68本の自然木のなせる業か、まるで異次元の空間に迷い込んだような錯覚に陥った。高城山展望台からの眺望は素晴らしく、北に高取山、竜門岳、多武峯、西北に金剛山、葛城山、二上山、東に高見山が望める。
吉野が川伝いに伊勢湾から東国に、大阪湾から西国に、都にも遠くない位置にあることが分かる。隠れスポットも紹介しよう。吉野水分神社の左甚五郎もビックリの透蟇又、日本で5本しかないと云う笹部桜、花錦前の除福由来の不老長寿の薬・天台烏薬、喜蔵院の謎の鳥、吉水神社にあるパワースポット、桜木神社の樹齢500年の杉、宮滝付近の巨大なポットホール等々。是非、貴方も確かめてみよう。

2013年4月2日 ガイドグループ 三枝忠生

posted by 奈良まほろばソムリエ at 23:09| Comment(0) | ガイドG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月28日

ガイドグループによる當麻コース実習に参加して

 ガイドグループによる「まほろばソムリエと巡る大和路」ツアーに、今年度から新たに6コースが加わったため、その実習が、春のシーズンを前に、寒いなか、各地で行われました。
 その一つ「當麻コース」の実習模様(全2回、2/10・3/3 延23人参加)を報告します。
 主な案内箇所は、加守廃寺、石光寺、傘堂、鳥谷口古墳、當麻寺、けはや塚などで、もちろん、季節を彩る花の寺、そして歴史の深さを物語る国宝堂塔や當麻曼茶羅などの説明は欠かせません。

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<2月10日 加守廃寺の近くで案内コースなどの確認>

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<3月3日 ゴールとなる「けはや座」の前 葛城市のマスコットキャラクター「蓮花ちゃん」とともに>

 しかし、このコースの売りは、やはり悲劇の皇子・大津皇子の恋を語る万葉歌やその亡骸の謎、そして心優しき天平の乙女・中将姫の波乱の生涯と極楽浄土への旅路についてであります。
 この二大テーマを、如何にドラマチックに語り、ツアーのお客様に感動していただくかが、当コースのガイド最大の課題です。
 各担当ガイドは、時に詠うように、ときに絵巻物を読むように、またオリジナル資料も駆使するなど、それぞれ工夫を凝らした説明振りを披露し、お互いに意見交換を行いました。
 メンバー各人、今後一層、その語りに磨きを掛け、本番では、皆様を楽しく、大津皇子や中将姫の世界へ誘うことが出来るよう、頑張りたいと思っています。

               2013年3月20日  ガイドグループ 小川 肇
posted by 奈良まほろばソムリエ at 21:58| Comment(0) | ガイドG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする