2016年06月09日

百万本のツツジが見頃を迎える大和葛城山を訪ねて

5月21日、史跡等探訪サークルの今回の活動は大和葛城山登山。
9時過ぎ、近鉄御所駅に参加者11名が集合しました。

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【加藤さんの指導で準備体操】

御所駅からバスでロープウェイ葛城登山口駅前に到着。準備運動をしっかりとし、9時50分に登山開始。約3kmの「櫛羅(くじら)の滝コース」を行きます。

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【櫛羅の滝】

10分ほどで櫛羅の滝に到着。説明板によると弘法大師が天竺のクジラの滝に似ているために供尸羅(くじら)と名付けましたが、「供尸」は「供に屍」と書くため良くないと、その時の領主が「櫛」の字に改めたといいます。

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【石畳の登山道】

そこからは長い登り、約30分に1回休憩を取りながらのペースで進んで行きます。特に前半の急な階段が続くところはきつく、かなり体力を消耗しました。登山の本やテレビでよく目にするように、なるべく小股でゆっくりと登ることを心がけました。

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【落石で崩れた歩道】

この櫛羅の滝コースはよく整備され道標や目標位置の番号表示も完備していますが、過去何度か台風による崩落で通行止めになった事があるようで、途中その爪痕をいくつか目にしました。
コースも半分を過ぎると、体が慣れたのか少し楽になってきました。
「大阪開通講」という岩場を過ぎると、登りも終盤です。
11時50分、広い舗装路に出ました。山頂まではもう少しあるようですが、とりあえず登りの一区切り。そこからすぐの所に「葛城天神社」が鎮座していました。

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【葛城天神社】

ご祭神は国常立命。この境内は「天神の森」と呼ばれてきたそうです。天つ神を祀る天神社は県内他にも数カ所あるようで、例えば耳成山にも昔天神社があり、天神山と称されていた時があったそうです。
また、この葛城天神社は加茂(鴨)氏の祖・加茂建角身命の神跡と伝わることから「鴨山」とも呼ばれてきたそうです。
神社から歩いてすぐロープウェイの葛城山上駅に到着。登山口駅から約2時間かけてここまで登って来ましたが、ロープウェイを使用すればたったの6分で着いてしまうそうです。

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【展望台から奈良盆地を望む】

駅舎の上が展望台になっており、上がってみると大和三山や吉野の山々をのぞむことが出来ました。
そこから舗装路の坂道を登っていくと食堂などが現れ、観光地らしい雰囲気になっていきます。展望の良いベンチで昼食休憩となりました。

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【山頂】

昼食後少しだけ登り、12時50分、ついに葛城山頂に到着です。標高959.7m。こちらで集合写真を撮りました。山頂は高原のように広くなだらかでした。

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【ツツジ(当日の写真)】

山頂南斜面に有名なツツジ園が広がっていました。今年は花期が早かったようで見頃は残念ながら終わっていましたが、「一目百万本」と言われる壮大な光景は圧巻でした。これらは全て自生するヤマツツジだということです。

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【ツツジ(最盛期の写真 2012年5月13日)】

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【金剛山】

お隣には金剛山の雄姿。古くは葛城山・金剛山を総称して「葛城山」と呼んだそうです。

下山すべく舗装路の道を降りていくと右手に「婿洗いの池」への表示がありました。この池には行きませんでしたが何とも珍しい名前です。昔、村人たちが雨を降らせるため竜神を怒らせようと、竜神の祠を壊して池に投げ込み、新しく村に来た婿養子も一緒に投げ込んで荒縄でごしごし洗い、半死半生の目に遭わせたという不思議な伝説があるそうです。

13時20分、下山開始です。「自然研究路」から「北尾根コース」を通ってもとのロープウェイ葛城登山口駅に戻るコース。
自然研究路はその名のとおり葛城山の自然に関する説明板がところどころに現れます。基本的に歩きやすい道で、「カタクリの花」群生地もあるようでした。
4月頃に薄紫の美しい花を咲かせるそうです。
その後の北尾根コースは急な下り坂が続きます。道は乾いているものの大変滑りやすく、大きな段差も何か所かあり慎重に降りて行きました。
そして15時、登山口駅に全員怪我もなく無事に戻ってくることが出来ました。

登山後はいつもそうですが、登り下りの苦しかったことは忘れて大きな達成感と爽快感だけが残ります。これまで県内各地のいろいろな地点から「あれが葛城山だ」と眺め、憧れていた山に登る事が出来た喜びは大きいものでした。当サークルの普段のウォーキング活動に比べると随分ハードでしたが、時にはこういう登山活動も良いものだと思いました。
下見と当日のお世話をしてくださった大村さん、小林(誠一)さん、豊田さん、ありがとうございました。そして加藤さん、最初から最後までの先導役、本当におつかれさまでした。

写真 小林誠一  文 藤原麻子
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2016年05月24日

記紀万葉サークル5月例会「大和高原の夜明け」

5月14日(土)参加者26名

行程: 氷室神社・氷室旧跡・復原氷室 〜 針テラス(昼食休憩) 〜 都祁水分神社 〜 来迎寺 〜 三陵墓古墳 〜 葛神社 〜 毛原廃寺跡  
マイクロバスを使用して、大和高原の主要な史跡を1日でまわる内容の濃い勉強会となりました。

福住町の氷室神社周囲の山には数カ所の氷室群が知られています。水はけのよい尾根の先端に3基1セットとして残る室山の氷室跡は深さも十分で分り易いものでした。仁徳紀の記述は仮託としても、長屋王家木簡に見るように飛鳥〜奈良時代には朝廷(主水司)との関わりにおいて稼働していたものと思われます。

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<室山の氷室跡>

都祁水分神社辺りは大和川水系・木津川水系が源を発する所です。木津川には布目川・笠間川(→名張川)を経て合流します。水分神社境内には、聖武天皇の伊勢行幸における堀越頓宮伝承地や万葉集に詠われた(長田王)山辺御井の伝承地があり、

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<山辺御井伝承地にて>

この辺りが霊亀元年(715)に開かれた「都祁山道」の中継点であった可能性があります。水分神社が10世紀初めに旧社地から当地に遷坐した背景とも考えられます。平安時代には、斎王の帰路に際して都介頓宮が設置されています。瑞垣に囲まれた重文の本殿前に安置された、小さいながら迫力満点の狛犬一対は鎌倉期のものです。

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<鎌倉期の狛犬一対>

小治田安萬侶墓は日当たりのよい南斜面にあります。墓誌にある「右京三條二坊」は現在の大宮通りと秋篠川が交わる辺り、本照寺の北側に当ります。宮に近い好い所に居宅を構えていたわけです。

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<小治田安萬侶墓にて>

来迎寺は現地では無住状態で、近くの檀家さんが管理しておられます。前もって開扉をお願いし、本尊阿弥陀如来坐像(平安後期)・重文の善導大師坐像(鎌倉初期)を拝観することが出来ました。昨年改修された本堂でしたが、古材を巧みに利用した立派なお堂でした。桜井市の瀧川寺社建築が手掛けたそうです。平安時代以降、清和源氏の流れを汲む大和多田一族(宇陀市室生区多田に居住)の菩提寺となっており、境内には2.6mの重文の宝塔や多くの五輪塔が残されています。大和における多様性の一端を垣間見ました。

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<来迎寺門前>

都祁水分神社〜小治田安萬侶墓〜来迎寺〜三陵墓の間はマイクロバスの通行に問題があり、徒歩行程としました。うららかな日差しとそよ風の中、3km程のあいだ都祁野の風景を楽しみました。

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<都祁南之庄辺りを歩く>

都祁野にも幾らかの古墳がありますが、三陵墓はその規模において図抜けています。全長110mの三陵墓東古墳は大和高原・宇陀山地を通じて最大の前方後円墳(5世紀)です。古墳公園として整備された広大な一画では、朝廷の委嘱を受けて長くこの地域を統治した都祁直一族の威勢が甦えり辺りを圧する感がありました。

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<三陵墓東古墳後円部へ>

最終目的地、毛原廃寺跡へは笠間川沿いに30分近くを要します。もう2〜3km先が名張川への合流地点で、まさに僻地まで来た感じです。このような所に突如巨大な礎石群が出現します。記録には全く現れない謎の寺院跡です。鄙びた周囲の情景と礎石群の圧倒的な存在感のコントラストがたまりません。奈良時代のこの辺りは、東大寺要録や東大寺文書に見える笠間庄や板蝿杣(天平勝宝7年、用材確保のため東大寺に施入された)といった東大寺の荘園の中心的位置にあったと思います。寺院は、それら荘園の管理センターのような役割を果たしていたのではないかと考えます。

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<毛原廃寺金堂跡にて>

行程の終りに当り、この辺りが「都祁山道」の出口に相当するように思えてきたものです。この日のFWの成果としたいと思います。東へ下るともう夏見廃寺のある名張です。青山越えをすれば伊勢に至る最短のコースを辿ることになります。

            
(文・写真)記紀万葉サークル 田中昌弘

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2016年03月29日

記紀万葉サークル3月例会「飛鳥の石造物と失われた寺院の記憶をたどる」

3月12日(土) 参加者19名

(コース) 
伝飛鳥板葺宮跡 〜 酒船石遺跡(酒船石・亀形石造物など) 〜 飛鳥資料館(昼食) 〜 山田寺跡 〜 安倍寺跡 〜 青木廃寺跡 〜 稚桜神社 〜 
東池尻遺跡 〜 吉備池廃寺跡 〜 春日神社(桜井市戒重)  
                                      
当日は橿原神宮駅東口に9時20分に集合し、飛鳥をめぐるバスに乗車しました。スタートは、伝飛鳥板葺宮跡からでした。案内役は2月例会でレクチャーされた地元安倍小学校出身の沖田拓司さんで、天候にも恵まれ申し分のない一日になりました。
石造物にも宗教的な背景や土木工事にかけたエネルギーなど、古代に思いを馳せたりしました。

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(亀形石造物の説明を聴く)

飛鳥資料館は現地をめぐるのにとてもわかりやすい展示で、行く度に感心しますが、今回は昼食後に庭園を案内してもらい、レプリカの猿石の裏面にも注目しました。
資料館で山田寺回廊が再現されていたのを見た後だったので、次に行った山田寺跡が感動的でした。岡山からの参加者も含め、総勢4名の女性陣は、ここのロケーションが奈良で一番素敵かもしれないとうるうるしました。

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(飛鳥資料館の庭で)

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(山田寺跡で)

今回とても期待していた青木廃寺跡はなかなか個人では行けない所で、高市皇子や長屋王といった歴史上の人物を思い描くのにぴったりの清浄な地でした。
吉備池廃寺跡から桜井市戒重の春日神社まで足をのばしました。最後は沖田さんによる懐風藻(大津皇子の詩)の朗読で締めくくりとなりました。解散は、桜井駅でした。
たっぷり歩いて学んだ贅沢な飛鳥探訪でした。企画・案内、本当にありがとうございました。

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(青木廃寺跡で古瓦を採取するメンバー達)

(文)記紀万葉サークル 中瀬道美 (写真)同 田中昌弘



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2016年03月12日

雛まつりで華やぐ大和郡山を訪ねて

今回の歴史探訪グループのウォークは「雛まつりで華やぐ大和郡山を訪ねて」をテーマに2016年3月5日(土)に19名の参加で開催いたしました。(写真1)

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1_近鉄郡山駅

寒さも和らぎ快適なウォーク日和のもと、9:30に近鉄郡山をスタート。いたるところに「ひな人形」が飾られ華やぐ街を歩き、(写真2)有名な電話ボックス型の「金魚水槽」(写真3)の前の「郡山八幡神社」へ、「グラブ神社」としての活動も行っており、境内には奉納されたグラブや野球上達祈願の絵馬も。(写真4)
少し歩いて「洞泉寺(とうせんじ)」へ、(写真5)本堂で住職のお話を伺い本尊の重文「阿弥陀三尊像」を拝観。快慶作ともいわれる美しい仏さまに感動して、隣の「源九郎稲荷神社」へ。

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2_ひな人形

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3_電話ボックス水槽

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4_郡山八幡神社

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5_洞泉寺本堂

九郎判官義経が信仰し、その名を贈ったといわれ、日本三大稲荷にもにも数えられる境内でお話を伺う。(写真6)この辺りは細い格子が特徴的な旧「遊廓」の建物が残り、(写真7)その一つの旧「川本邸」を見学。(写真8)ここも今日は全館「ひな人形」で埋め尽くされていました。

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6_源九郎稲荷神社

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7_旧遊廓の建物

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8_川本邸の中庭

「薬園八幡神社」の狛犬や銅灯篭を見学し、きれいに整備された「外堀公園」で昼食、休憩。箱本館「紺屋」前で集合写真後、(写真9)見学。天気も良く道も平坦で予定は順調に進行し、予定より早く「春岳院」へ、秀吉の弟「豊臣秀長」の菩提寺である小さなお寺でにこやかな住職の軽妙な講話に一同大笑い。(写真10)

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9_紺屋前集合写真

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10_春岳院の住職

時間に余裕があるので、「やまと郡山城ホール」で東日本大震災の復興を願って作られた「大仏グラブ」(写真11)を見て郡山城址へ、「盆梅展」は終わり近いが、旧県立図書館前の梅は満開。(写真12)修復中の天守台を望みながらお堀沿いを歩き、柳沢家にゆかりの「永慶寺」を経て、「浦上切支丹流配記念碑」「荒木又衛門旧居跡」から「大納言塚」へ、先ほどの春岳院の住職がお世話をする「豊臣秀長の墓所」の五輪塔です。(写真13)

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11_大仏グラブ

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12_郡山城址の梅

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13_大納言塚

最後は陵墓参考地の「新木山(にきやま)古墳」や点在する「金魚池」を経て、近鉄郡山へ戻る盛りだくさんの一日でした。

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2016年01月16日

記紀万葉サークル1月例会「再見・細見、奈良公園周辺」

1月9日(土) 参加者25名

散策地:東大寺境内・奈良女子大学・猿沢の池周辺・奈良ホテル周辺・奈良教育大学構内・ならまち(十輪院など)

お正月の松の内が明けたばかりの1月例会。 思いの他、たくさんの方が参加されました。かく言う私も久し振りの参加です。最初に今日の案内役、伊藤和雄さんから当日訪れる箇所の案内レジュメをいただきました。訪問場所数だけで54箇所、かなりの数です。

最初に東大寺境内、ここは私達夫婦が散歩で良く訪れる場所です。東塔跡は昨年11月に発掘調査の現地説明会があり、話題になったので、場所は良く知っていました。今回は更に西塔の後も見学出来ました。東塔は平氏の焼き討ちにあった後、鎌倉時代に、より大きい塔に再建され、その後落雷によって焼失しました。西塔は、平安時代に落雷によって焼失したままの様です。いつもの散歩道のすぐ脇に残る西塔跡の小山に登り、往時を偲びました。

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(東大寺東塔の基壇)

法華堂の建物の説明もありました。向かって左半分は天平時代の建物と良く言われていますが、伊藤さんによれば平安期以降の建物に見られる床下の白い盛り上がり「亀腹」があるので、どうなのだろう?とのことです。その後の歴史とかも詳細に調べないと真実はわからないと思いますが、面白い視点だと思いました。

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(二月堂・法華堂前にて)

焼門跡を出て奈良女子大学に向かう途中は佐保川の暗渠の説明がありました。いままで知っていた範囲よりかなり広く驚きました。
奈良女子大学では大学のスケジュールと合わず、学生食堂での昼食とはなりませんでしたが、重要文化財の記念館、守衛室、国の登録有形文化財の佐保会館の外観、奉安殿を見学しました。ちなみに今年3月までは佐保会館で、4月以降は記念館で月1回ランチタイムコンサートが開かれ、2階の大ホールをご覧いただけます。レトロな雰囲気の椅子、天井、窓が楽しめます。地域の一般の方対象ですので、どなたでもご自由に。日にちは奈良女子大学のホームページで御調べ下さい。

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(奈良女子大学構内を行く)

奈良県文化会館で昼食をいただいた後、奈良県庁の屋上から奈良市内を眺めました。天気が良かったので耳成山、大極殿など、遠くまで見渡すことが出来ました。

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(奈良県庁屋上より東を望む)

猿沢の池周辺から奈良ホテルへは近くの瑜伽神社が印象に残りました。
社伝によれば、飛鳥神奈備が平城遷都とともにこの地に移り、この山を平城の飛鳥山と呼んだといいます。高い石段の上にそびえるお社です。飛鳥と平城、都が移り、昔を懐かしむ歴史が繰り返されます。伊藤さんの話ではこの山は隣の奈良ホテルのある山と続いていたとか。真ん中を道路の為に掘り下げられたとのことです。地形も人間の都合でいろいろと変えられていったのが分かります。

奈良教育大学では吉備塚、2008年に発掘調査された新薬師寺金堂跡を見学しました。知識としては知っていても現物を見るのは、実感が湧いて良い物です。教育大学はちょっと殺風景で女子大とはまた違った雰囲気を感じました。 

ならまちでは以前から拝観したいと思っていた石仏龕を見ることが出来ました。写真で想像していたよりも大きく、釈迦如来、地蔵菩薩、弥勒菩薩の表す意味もお坊さんの説明で良く分かりました。

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(十輪院本堂前で時間待ち)

とにかく、たくさんの場所を見学したので書ききれなかった所もたくさんあります。印象に残った所だけを感想として記させていただきました。
3人の人が万歩計を持っていたので、最後に歩いた距離を比べました。人によって10kmから15kmと差がありました。万歩計の精度、設定している歩幅による差と思われますので大体13km程でしょうか。入り組んだ道では回り道もしたので、かなりの距離を歩きました。また奈良盆地東側の山沿いの地域ですので、断層も含め、かなりの高低がある工程でした。長い距離と登り下り、今日は良く眠れそうです。

この散策のため、伊藤さんには半年前から資料や工程の準備を入念にしていただきました。改めて、お礼を申し上げます。

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(奈良県庁玄関前で)

(文)記紀万葉サークル 清水千津子 (写真)同 田中昌弘


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