2020年03月08日

女性グループ(ソムリエンヌ)大和三山PARTU  ―大和三山の中で一番高い畝傍山に登ろう!!−

2月23日(日)、女性グループ12名で「大和三山の中で一番高い畝傍山に登ろう!!」に出かけました。前回(2019年9月28日)の大和三山PARTT(香久山)に続いてのハイキングでした。
前回の香久山は山というより小高い丘の印象がありましたが、今回は、三山中一番標高が高い199.2メートルの山で三等三角点が置かれています。瀬戸内火山帯に属する死火山で、噴火時は今よりも2倍以上大きかったそうです。それが長い年月をかけ浸食され、現在の形になりました。山麓は片麻岩、頂上付近は黒雲母安山岩からなる山です。また、藤原京が造営される時には大和三山の位置が重要な立地条件になったと考えられていて、歴史的風土特別保存地区にも指定されていました。そして平成17年には国の名勝にも指定された場所でもあります。
今回は気軽に登山できる人気のハイキングコースを歩き、下山後は『伝統食カフェ〜楽膳〜』にて体のことを考えた優しいお料理を堪能。しかも周辺の史跡巡りもした約3キロのウォーキングでした。

《コース》
橿原神宮前西出口→久米御縣神社→久米寺→橿原神宮→畝傍山(山頂)→眼福地藏 →神武天皇陵→昼食(楽膳)→生國魂神社→おおくぼまちづくり館 →国源寺・大窪寺跡→大久保神社→畝傍御陵前駅

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名石工・丹波佐吉の狛犬がある久米御縣神社

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橿原神宮

この日は天長祭・厳粛な儀式が執り行われていました。
一番古い天皇を祀る一番新しい神社です。
明治23年に創建されました。

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いよいよ畝傍山登山です。

寺田さんから登山コースの説明と注意点を聞きました。

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この日参加したソムリエンヌメンバー

大和三山で一番高いとは言え、登山道も整備されていて気軽に登れ、しかも頂上からの眺望もよいので、この日もたくさんの方と出会いました。現在、西麓にある畝傍山口神社がかつて山頂にあったという石碑を背にして写真撮影。(登山されてきたご夫婦に撮って頂きました。)
大阪の住吉大社の新嘗祭における埴使いの神事にも、この山の土が使われる事を思い出しながら下山しました。

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傘をかけられ大切に祀られている眼福地蔵(がんぷくじぞう)

ここは、畝傍山口神社からの登山道と橿原神宮からの登山道の合流する辺りを南に少し下った登山道にあります。古いお地蔵さまがこちらを見て微かにほほ笑んでいらっしゃるようでした。

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神武天皇陵(畝傍山東北陵・山本ミサンザイ古墳)

文久の修陵の頃は初代神武天皇の陵の候補が3つあり、山稜奉行相談役の谷森善臣の意見や奈良奉行の川路聖謨の『神武御陵考』などにより、現在地が選ばれて築造されました。文久3年(1863年)の修陵予算の五分の一である約1万5千両(現在の価値に換算して約3億円)をかけた修陵だったようです。そして、明治から昭和にかけてさらに拡張し現在の姿になりました。
また、神武天皇陵や橿原神宮、それにつづく橿原公苑の厳粛な雰囲気を醸し出す広大な森林は、神武天皇即位2600年にあたる昭和15年(1940年)までに、全国から延べ121万4千人の人達がただの田んぼだったこの土地に、7万6千本以上の木を勤労奉仕という名のもとに植樹されたものです。
現在、橿原の森は野鳥が飛び交い野鳥観察や森林浴に最適な場所です。しかし、そのような歴史にも目をむけたいと思いました。

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楽膳での昼食 

1100円で、コーヒー付き。ご飯とお味噌汁のお替りは自由。会話も弾み楽しいひとときを過ごせました。

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現在の生國魂神社

畝傍山の東北麓に洞村なる集落があり、神武陵を見下ろす場所であったこともあり、強制移住させられました。氏神様である『生國魂神社』も墓も一つ残さず移転したそうです。元の神社は神武天皇陵参道から山林に踏み入った所にあり、神社跡を示す『宮の柱』(石柱)と井戸跡があると、寺田さんの説明がありました。残念ながら「立ち入り禁止」になっていたため見学はできませんでした。

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おおくぼまちづくり館

洞村から1920年に移転された旧丸谷住宅が資料館として活用されています。大久保地区のまちづくりの歩みの学習や、人権学習などをするための施設です。移転前の洞村の模型が当時の写真と共に展示されていました。館内の説明を聞いたり、洞村の歴史ビデオを視聴したりしました。

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大窪寺にあった塔の心礎(現在は公民館の庭にある。)

『日本書記』にある大窪寺は七堂伽藍の立派なお寺だったそうですが、伽藍配置は不明。金堂は現在の国源寺付近に推定されています。
現在、国源寺は浄土宗の寺で、本尊は阿弥陀如来。もとは畝傍山麓の神武天皇陵兆域の一部にあったのを、明治初年に現在地に移されたようです。
明和9年(1772年)の墨書きがある涅槃図(2m×2.5m)や国源寺縁起(巻物)が保存されています。

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国源寺と観音堂

観音堂には本尊・一面三目八臂の不空羂索観音立像と、鎌倉後期に作られた国内最古の聖徳太子立像(南無仏太子像)、弘法大師像が安置されています。聖徳太子立像と、不空羂索観音立像は今秋、東京の三井記念美術館と京都龍谷ミュージアムに出展される予定です。その折には是非、足を運びたいと思いました。

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『国源寺縁起』を熱く語られる岩井自治会長

岩井さんがこの仕事に就いたときに、『国源寺縁起』を読み下し文にし、観音堂の由来やそれぞれの仏像のいわれなどを紐解き、三年かけて冊子(全32ページ)を作り、町内の各家庭に配布されたそうです。
我々が訪問した日は、実際に『国源寺縁起』の巻物を開いて、大事な部分を分かりやすく説明していただきました。『国源寺縁起』の抜粋した資料も頂きました。

最後に大久保神社に行った後、畝傍御陵前駅で本日の行程は終了となりました。盛り沢山の内容でしたが、ゆったりと良い時間を皆さんと過ごせた楽しい一日でした。
大和三山を巡るウォーキングも、残りPARTV(耳成山)となりました。今秋に計画されるそうです。次回も新しい発見が期待できそうで楽しみです。

文・写真 女性グループ(ソムリエンヌ)池田喜代


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2020年01月19日

女性グループ(ソムリエンヌ)吉野薬師寺の座禅体験と高井の千本杉見学

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11月6日(水)女性グループ・ソムリエンヌ10名と檀家さんとヨーガ指導者2名とで、桜井駅に集合して宇陀市榛原の「高井の千本杉」を訪ねました。

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<高井の千本杉>

県指定の天然記念物である幹周囲25m、高さ45mの千本杉にみんな圧倒されました。旧伊勢街道沿いにあり、約1m四方の古井戸(現在は空井戸)の周囲に植えられた杉が成長して根元が癒着されたと言われています。樹齢は約700年とされています。所有者は個人で「千杉(ちさん)白龍大神」として祀られています。

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<吉野薬師寺の石垣>

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<ご本尊・薬師瑠璃光如来> 

次に吉野三茶屋の薬師寺に向かいました。薬師寺は曹洞宗のお寺で、本尊は薬師瑠璃光如来、江戸時代に創建されました。基壇の石垣は名古屋城の石垣を作った者によると伝わっていて、見事な石垣です。

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中條雅道住職は永平寺で2年間修業された後、釈尊の真の教えを知りたく、さらにパーリ語を学ばれました。
「釈尊は瞑想(座禅)により、悟りに至り、心と体のバランスを保ち、偏らない心で安定した日々を送られ、寂滅されました。」とお話がありました。

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鐘の音を合図にそれぞれ小さなしっかりしたお座布団に結跏趺坐(これに近い坐り方)して、半目(これは私には難しいことでした)になり、静かに呼吸をしながら座禅を始めました。10分後、鐘の合図で終わりました。少し休んで、もう一度座禅をしましたが、2度目は少し長目でした。私は頭が白くなったような気分でした。中條住職は「鳥の声や周りの音もただ聞き流すということで、偏った考えから解放され、心が安定してきます」と言われたことが、心に残りました。

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そのあと静かなお堂で、ヨーガの指導者によりヨーガを行い、心身ともにリラックスできました。吉野の山々の清々しさもあり、爽やかな気分で帰路につきました。

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<吉野薬師寺にて記念撮影>
 
 
文・写真 女性グループ(ソムリエンヌ)平越真澄

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2019年10月15日

女性グループ(ソムリエンヌ) 「初秋の馬見丘陵」

10月7日、少々暑すぎるほどの秋晴れの中、ソムリエンヌ7名で、北葛城郡河合町から広陵町にかけて広がる馬見丘陵を訪ねました。

10時に池部駅を出発して、馬見丘陵公園緑道を、ころころ転がるどんぐりを踏みながら歩き、途中、旧石器時代の石器類が6400点も出土したという馬見二ノ谷遺跡でしばしタイムスリップして、30分ほどで馬見丘陵公園に到着しました。

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青空の下に広がる緑の芝生と色とりどりの花々に出迎えられ、まずは皆それぞれに、花の中の散策、写真撮影に夢中になりました。ダリア、コスモス、日日草、ベゴニア、サルビア、芙蓉、なんて名前だったか思い出せない花がいっぱいです。

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<約120品種1000株のダリア園>

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<中央エリアに広がるコスモス群>

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<珍しいほうき草の一種コキア>

予定していた公園内カフェが臨時休業のため、公園の外に出てアジアンフードのランチを楽しんだ後、去年のソムリエンヌの新年会でも大和ハープの演奏を披露して下さった、井藤和美先生のハープ工房を訪ねました。いろんなサイズ、また材料の異なるハープを見せていただき、ハープとギターの2重奏を聞かせていただきました。同じ楽器でも、私たち素人のつまびく音とプロの奏でる音の違いに大変驚き、音楽の奥の深さを感じました。

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1時半頃からようやく古墳見学の開始です。
まずは、奈良検定問題常連の乙女山古墳へ。全長130メートルの典型的な帆立貝形古墳ですが、草木に覆われていて、周濠らしき幅の平地の向こうに小山が見えている感じでした。

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<カタビ古墳群>

池に沿って少し歩くと、木立の下に寝転びたくなるような草原が広がっていました。ここには、カタビ古墳群という4基の小さな古墳が眠っているそうです。また、その隣には、全長60メートルの円墳、別所下古墳の小山が見えましたが、スズメバチ注意の看板が立っていて近づけませんでした。

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<倉塚古墳>

まだ緑一色の桜並木の下を歩きながら、池の向こうに、共に全長150メートル程の前方後円墳、一本松古墳と倉塚古墳の高まりが眺められました。信州の高原のような爽やかな眺めです。倉塚古墳からは、この辺りでは珍しい、2個の円筒埴輪を繋いだ円筒棺が出土したそうです。

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<狐塚古墳>

「トチノキ橋」と名付けられた、森の中の木道を通り、10分ほどで狐塚古墳に到着。全長86メートルの帆立貝形古墳ですが、中央部を県道が横切っていて、路面に緑色で、古墳の範囲が表示されています。誰もが、交通安全のための緑色だと思って走り抜けることと思います。

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<三吉2号墳>

狐塚古墳のすぐ向こうに、馬見古墳群中央群中最大の巣山古墳が見えてきました。その遺存状態の良さから国の特別史跡に指定されている、全長220メートルの前方後円墳です。2006年に周濠北東隅から、葬送儀礼に使用した喪船と考えられる準構造船の部材と推定される木製品が多数出土したことで注目を集めました。ここも今は草木に覆われていますが、小高い所から眺めると古墳らしい姿となります。
すぐ東隣に、彼岸花がわずかに咲き残っている三吉2号墳の丘があり、その上に登ると、若草山が遠望出来ました。

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<ナガレ山古墳で最後の記念撮影>

北側のダダオシ古墳を見ながら、最後の目的地ナガレ山古墳へ。東半分を築造当時の姿に、西半分を現在の姿にと復元整備された、全長105メートルの前方後円墳です。注目すべきは円筒埴輪列の数で、墳丘調査では1800本に及んだそうです。また、円筒埴輪を2列に並べた墳丘に登る「道」は、全国で初めて見つかったとのこと。現在復元されている埴輪675本中、494本が強化プラスチック製で、181本は河合町民による手作りだそうです。
墳丘上からは、春日山から、三輪山、音羽山へと連なる山容を一望でき、今日の晴天に感謝しました。

花と音楽とランチと古墳巡り、まさに五感フル回転の1日になりました。
四季それぞれに美しい花々を咲かせてくれて、しかも無料!というありがた〜い馬見丘陵公園。心も体も癒しに四季折々訪れたいと思います。


文・写真  女性グループ(ソムリエンヌ) 大谷巳弥子

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2019年10月07日

女性グループ(ソムリエンヌ)大和三山PART1

― 天の香久山ミステリーツアーへ ようこそ!! ― 
                
9月28日(土)女性グループ10名で「香久山ミステリーウォーク」に出かけました。
香久山は大和三山の一つで、標高152メートルの山です。独立峰の畝傍山、耳成山に比べ、竜門山地にある多武峰から続く尾根の端に位置しているため、山というよりは小高い丘の印象があります。主に硬い斑レイ岩からなり、この山だけ火山性ではありません。
古代においては最も神聖視された山であり、万葉歌も多く残されています。しかし、その山麓には『古事記』にまつわる物語があったり、謎の巨石が点在したり、不思議な世界を感じさせてくれる山でもあります。
今回はそのミステリーを巡る約4.5キロのウォークでした。

コース
畝傍御陵前駅➡本薬師寺➡紀寺跡➡天岩戸神社➡国常立神社➡万葉の森(昼食)➡月の誕生石➡蛇つなぎ石➡天香山神社➡奈良文化財研究所藤原京跡資料室

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《畝傍山を背景に満開のホテイアオイ》

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《ミステリーツアーに参加したソムリエンヌメンバー》

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《本薬師寺の東塔の心礎》
現在の薬師寺の東塔には心礎の穴はなく、西塔にあります。本薬師寺とは反対です。
期待していた南門跡は完全に埋め戻され、表示板もなく、想像するしかありませんでした。

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《香久山》
山というより小高い丘の印象がある香久山も、紀寺跡から見ると、立派な山に見えます。

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《みるく工房「飛鳥」で、西井牧場さんの採れたてミルクを使ったソフトクリームに舌鼓》

次に向かったのが天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)です。

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《天岩戸神社》
香久山の南麓にある神社。御祭神は天照大神で、『記紀』の神話に登場する「天岩戸」だとされる巨岩が4個あります。そして、山の斜面に自生する真竹は古来「七本竹」といって、毎年7本枯れて、7本が新たに生えると言われています。(ミステリースポット@)

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いよいよ香久山山頂の国常立神社へ向かうはずでしたが、蜂の巣があるための規制線が張られ登ることが出来ませんでした。国常立神社が、ミステリースポットAの場所でした。

神話の中で一番初めに出現した国常立神を祀る国常立神社と、境内社に雨乞いの神である高龗神を祀ります。この神殿の前に壺が埋められていて、古来、干ばつの時この神に雨乞いをして壺の水をかえたそうです。今、お参りしても壺の存在は不明ですが、なんともミステリーなお話です。

頂上に登るのを断念し、万葉の森を散策。ここは四季折々の木々や草花が楽しめる場所で、万葉集に詠まれた万葉植物が73種あるそうです。また、万葉集に登場する著名人の歌碑を寺田さんに紹介してもらいながら昼食場所に向かいました。

昼食後のミステリーは、古池の北の道を通り、山道に入って行くルートでした。ひっつきむしのヌスビトハギとイノコズチが手強かったです。

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《香久山の北麓にある月の誕生石》

伝承によると、最初は人が抱えられるほどの丸い石だったが、どんどん大きくなり、やがてお月さまを産んだと言われる巨石になったのだとか。「月の誕生石」に残る白い斑点は、お月さまが生まれた時の足跡だそうです。古代より信仰の対象だったらしく、現在でも信仰されている方がいるらしく、しめ縄が廻らされていました。(ミステリースポットB)

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《月の誕生石の東側にある蛇つなぎ石》

この石を訪れる人があまりいないのか、草が茂り蜘蛛の巣が張る山道をドキドキしながら歩いて行くと、ドカンと巨石が一つありました。
岩肌に幾筋もの白い蛇のような細長い筋が入っていて、雨乞い信仰の対象である竜神(大蛇)をつなぎ置いたとも言われる伝承が残ります。
(ミステリースポットC)

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《山の北麓にある天香山神社》

櫛真智命神(くしまちのみことのかみ)を御祭神とします。この神様は知恵の神様だと言われていますが、占いの神様でもあると言われています。拝殿の奥に本殿があり、その奥には3つの巨石があります。(ミステリースポットD)

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《境内にある波波迦の木》

古事記によれば、この木の皮で香久山の雄鹿の骨を焼いて吉凶を占ったらしいです。

最後に奈良文化財研究所 藤原京跡資料室に立ち寄り、本日の行程は終了となりました。

今回、「大和三山PART1」で香久山を訪れましたが、山のあちらこちらに巨石があり驚きました。
古来より大和三山の中でも香久山にだけ「天」の字がつくのは、この山が天から降ってきたという伝承があるためだそうですが、巨石を見ると、天から降ってきたという伝説にピッタリの場所のような気持ちになりました。


文・写真 女性グループ(ソムリエンヌ)池田喜代


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2019年08月15日

女性グループ(ソムリエンヌ)夏休み家族体験教室「超難解⁉ホンモノの土器接合とカラー拓本にチャレンジ!」

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8月4日(日)歴史に憩う橿原市博物館と女性グループ(ソムリンヌ)・啓発グループの共催企画、夏休み家族体験教室2019「超難解⁉ホンモノの土器接合とカラー拓本にチャレンジ!」が開催されました。
今年は17名のご家族が参加されました。
3年目を迎える恒例の夏イベントは、本物に触れられる貴重なチャンスです。

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ソムリンヌ扮する、橿原市観光PRキャラクターさららちゃんがお出迎えです。
鸕野讃良皇女(後の持統天皇)がモデルの活発でハツラツとした女の子をイメージしています。
学芸員の竹鼻氏より本日のイベントスケジュール説明のあと、立体駐車下に移動。
ここではテーブルに並べられた、新堂遺跡(5世紀前半)から出土した土器片を使って接合体験です。

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遺跡から出て来る土器はバラバラになっているので、もとの形がどんな形だったか?頭でイメージしながら立体パズルのように復元していきます。

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「ここがつながる?ここがくっつく?」皆で頭ををひねります。
土器に残された模様や色などの手がかりから、元の土器の形を目指します。

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難しかった分、「出来た!!」と、完成したときの喜びはひとしお!

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土器接合体験の後は、資料整理室で古代瓦のレプリカを使って、オリジナルのカラー拓本に挑戦します。瓦に関する簡単な基礎知識の解説のあとは、ソムリンヌが作成した瓦に関するクイズを子ども向けの紙芝居にしました。いくつ答えられるかな?
問題
@橿原市のマスコットキャラクターのモデルは?
A藤原宮の建物に使われた瓦の数は?
B重い瓦は遠いところからどうやって運んだのかな?
C軒丸瓦の模様は何の花をデザインにしたのかな?
D瓦の役割は??

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クイズのあとはいよいよ瓦のカラー拓本に挑戦です。
配られた紙を瓦の上に乗せて水を吹きつけ、中央から端に向けて空気を丁寧に抜きます。
紙が破れないよう、力の入れ方に注意です。
ある程度紙が半乾きになったら、タンポを使って絵の具で好きな色で彩色していきます。
色紙に貼った拓本は、夏休みの思い出の作品となりました。

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イベントのフィナーレは恒例の奈良まほろばかるた大会です。

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5つのグループに分かれて競い合いました。皆で一つの札を追いかけるうちに、参加者同士の交流も深まり、終始和やかなムードで大会が進められました。
「奈良まほろばかるた」は、県内全域の寺社や史跡、自然や文化まで幅広いテーマで“奈良”が取りあげられています。かるた遊びをきっかけに、札の由来となった場所を見て歩くことで、奈良の良さ、面白さを知ってもらいたいと思いました。

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各グループの優勝者に「奈良まほろばかるた」のオリジナルカードが進呈されました。

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「土器にふれる事はとても貴重でよかった」「拓本もかるたも紙芝居も勉強になった」「かるた会がとてもたのしかった」「かるたを購入したい」などの声が寄せられました。



文・女性グループ(ソムリエンヌ)道ア美幸 写真・寺田麻美、友松洋之子

posted by 奈良まほろばソムリエ at 09:19| Comment(0) | 女性G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする