2017年12月24日

記紀万葉サークル12月例会「岩橋千塚古墳群(紀伊風土記の丘)」

12月9日(土) 参加者7名

和歌山県立風土記の丘は、全国屈指の群集墳「特別史跡岩橋千塚古墳群」の保存を目的として開設され、附属する資料館には県内の考古・民俗資料が収集・保存されています。

20171224_01.jpg
園内に密集する古墳群

園内の古墳群は、400基余りの小古墳と数基の中規模古墳で構成されており、5世紀から7世紀にかけて築造されたと言われています。ほとんどの古墳が紀ノ川流域に産する結晶片岩(緑泥石片岩)の板石を小口積みにした石室と石室内に石梁・石棚などと称する構造物を有するのが大きな特徴です。実に端正に組上げられた石室ですが、小さな石材を小口積みにしているため開口部や羨道の幅が狭く総じて小じんまりした印象を持ちました。

20171224_02.jpg
前山A32号墳の開口部

石棚を持つ古墳群は、福岡県(遠賀川流域)・熊本県(菊池川流域)・徳島県(吉野川流域)にもあるようで、何れも石室に結晶片岩を利用していますが、規模において岩橋千塚が他を圧倒しています。これら類似する古墳群の築造主体の関係については、定説はないのですが、想定できないことではないと思います。

20171224_03.jpg
石棚のある石室

20171224_04.jpg
石梁(上)と石棚(下)のある石室
            
この地域は「木の国」と呼ばれるように、杉や楠の巨木を潤沢に産していました。大型船の建造や外洋航海術に長け広域的に拠点を持ち、朝廷の半島経営に貢献した紀氏と呼ばれる氏族の本貫地として知られています。この古墳群の築造主体は、紀氏に連なる集団であることは間違いありません。

20171224_05.jpg
将軍塚古墳後円部の石室(手前は玄室の扉石)

将軍塚古墳・大日山35号墳など中規模の前方後円墳は族長クラスの墳墓なのでしょう。紀○○宿禰とか紀臣××とか呼ばれ中央政界に進出した人達の支持基盤がこのあたりにあったような気がしました。

文・写真:記紀万葉サークル 田中昌弘

posted by 奈良まほろばソムリエ at 18:30| Comment(0) | 探訪G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月09日

葛城山すそ野めぐり

このウォークは当初10月22日に予定されていましたが、遅い台風の襲来で延期。仕切り直しの12月2日(土)快晴の近鉄忍海駅に18人が集まりました。

20171209_01.jpg

歩き始めてすぐ「角刺(つのさし)」神社へ。第22代清寧天皇と第23代顕宗天皇との間で一時的に政務をとったとされる女帝「飯豊(いいとよ)天皇」を祀ります。

20171209_02.jpg

ここから山に向かって歩き出します。延期になったおかげで、行く手に望む葛城山の山麓は見事な紅葉。絶好のウォーキング日和となりました。

20171209_03.jpg

しばらく歩いて、「葛木坐火雷神社」、通称「笛吹神社」に到着。神明造の本殿や、本殿横の笛吹神社古墳、日露戦争当時の大砲などを見学しました。

20171209_04.jpg

ここから北へ向きを変え、葛城山麓公園での昼食後、「置恩(ちおん)寺」へ。
現在は無住のお寺ですが、地元寺口地区の区長さんに収蔵庫を開けていただき重要文化財の美しい「十一面観音立像」を拝観させていただきました。(写真撮影も可)
今年は、仏像カレンダーに掲載されたお陰で多方面から拝観に来られます、とのお話でした。

20171209_05.jpg

20171209_06.jpg

置恩寺周辺から見渡す奈良盆地は絶景。大和三山や奥の山々が目の前に拡がり「大和は国のまほろば」の言葉が実感できます。

20171209_07.jpg

さらに北へ向かい「二塚古墳」へ、円墳を二つ繋げたような形状に3つの石室があるとのことですが、9月の下見時は雑草に覆われ1つしか確認できなかったので、再チャレンジ。中央に石室が開口する南面から西側へ回り込み、下草が短くなった斜面を少し登ると左側に石室を発見。奥行き1mくらいのコンパクトな石室ですが身体をかがめて入ることができます。さらに5mほど進むと3つ目の石室が、入ることはできませんが2つ目よりは奥行きがあります。

20171209_08.jpg

20171209_09.jpg

20171209_10.jpg

ここからは下り坂、快適に歩き、奈良県社会教育センター内にある、きれいに整備された「神明神社古墳」で記念撮影。

20171209_11.jpg

その後「博西(はかにし)神社」で2棟の重要文化財の春日造本殿を見学。

20171209_12.jpg

さらに屋敷山公園内の「屋敷山古墳」の石棺の蓋を見学し、

20171209_13.jpg

新庄陣屋町の庄屋屋敷であった重文「村井家」を外部から眺めて、

20171209_14.jpg

最後は近鉄新庄駅近く柿本人麻呂を祀る「柿本神社」で解散。

20171209_15.jpg

天候に恵まれ、歩き出すと寒さも気にならず最後まで爽やかなウォーキングでした。

歴史探訪グループ        文・写真  小林誠一

posted by 奈良まほろばソムリエ at 14:34| Comment(0) | 探訪G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

大神神社「醸造安全祈願祭(酒まつり)」(桜井市)見学記

<11/13大杉玉掛け替えと11/14酒まつりの様子>

大神神社では、毎年11月14日に全国にわたって美味しいお酒が醸造されるよう、合わせて酒造界の発展と繁栄を祈る「醸造安全祈願祭(酒まつり)」が斎行されます。

(1)2017年11月13日(月) 大杉玉掛け替えの様子
本番の前日11月13日には酒造りのシンボルとして拝殿につるされていた「大杉玉」が掛け替えられます。
午前9時から神社の8人の職員がワイヤで古い大杉玉を降ろし、鮮やかな新しい玉を拝殿に固定します。大杉玉の杉葉はご神体の三輪山から集められたものです。

20171118_01.jpg
<取り外された古い大杉玉は新年にお焚き上げされます>

20171118_02.jpg
<新しい大杉玉が拝殿に固定されます>

今年の大杉玉は、昨年よりも大きく直径約1.7m、重さは約250kgです。
その後、巫女により「三輪明神」「志るしの杉玉」と書かれた木札を吊り下げて、明日の本番の準備は完了です。

20171118_03.jpg
<巫女により大杉玉に木札が取り付けられます>

20171118_04.jpg
<11/14醸造業者に配布される小ぶりの杉玉>


(2)2017年11月14日(火)醸造安全祈願祭(酒まつり)の様子

20171118_05.jpg
<拝殿の神事に向かう宮司や神職一行1>

20171118_06.jpg
<拝殿の神事に向かう宮司や神職一行2>

当日は午前10時30分から拝殿において、新酒の仕込みに当たるこの季節、お祭りには灘や伏見などの酒どころや全国の酒蔵から社長さんや工場長、杜氏、さらに洋酒、お酢関係や大学の先生まで多彩な方々がお祭りに参列され醸造の安全を祈願します。あいにく拝殿には入れず境内からの眺めとなりました。
拝殿内のお祭りでは、宮司がおいしいお酒が醸されるよう、また参列の方々の発展と安全を祈って祝詞を奏上、続いてこのお祭りに特に奏される神楽「うま酒みわの舞」が奉納されています。

20171118_07.jpg
<醸造の安全祈願 境内からの眺め>

20171118_08.jpg
<酒祭りに参加された方々には、お神酒が配られ多くの参拝者が行列を作って並んでいました。私たちももちろん雨の中並びました>

20171118_09.jpg
<境内では樽酒の振る舞い酒をいただけます。升酒で各地方の酒を嗜むことができます。お酒を頂く方は絶対飲酒運転をしないように>

20171118_10.jpg
<北海道から沖縄まで奉献された全国の銘酒がずらりと並ぶ>

20171118_11.jpg
<献酒会社名リスト>

20171118_12.jpg
<次回はぜひ酒祭りに足を運んでください。おいしいお酒が頂けます>

厳粛な中にも、まさしく至福の一時を楽しむことができました。 
今年も全国で美味しいお酒がたくさん誕生することをお祈りしています。

(文:写真)  保存継承グループ・橋詰 輝己、亀田幸英
posted by 奈良まほろばソムリエ at 17:48| Comment(0) | 保存G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月25日

保存継承グループ 「うたの秋祭り」(宇陀市)見学記

(惣社水分神社から宇太水分神社への神輿(みこし)渡御(とぎょ)祭を中心に)

「うたの秋祭り」と言えば、毎年10月の第3日曜に、宇陀市の古市場にある宇太水分神社の境内で6台の大きな太鼓台が練り回す、あの賑やかな祭りかと想像される方が多いと思います。しかし、そこには連綿と伝わる神輿渡御祭がありました。

今回は惣社水分神社から宇太水分神社までの神輿渡御行列を追いかけてみました。
平成29年10月15日(日)は早朝から終日、本降りの雨で被写体には雨除けのカバーや雨具を付けていますので、写真の映りが悪いことをお断りしておきます。

(1)宇陀市の芳野川沿いの水分神社(上流から)は3社あります。
 ・惣社水分神社(上社):鎮座地 宇陀市菟田野上芳野(ほうの)698(鳳輦(ほうれん)神輿(みこし)は重文)
 ・宇太水分神社(中社):鎮座地 宇陀市菟田野古市場245(3本殿は国宝)
 ・宇太水分神社(下社):鎮座地 宇陀市榛原下井足水分山635
今回、お渡りを行うのは上社と中社間です。

(2)神輿渡御祭の由来
起源は平安時代まで遡ります。上芳野(芳野川の上流)に位置する、惣社水分神社(上芳野)の速秋津姫(はやあきつひめ)命が夫君である宇太水分神社(古市場)の祭神、速秋津彦(はやあきつひこ)命にお会いになるため、神輿に乗って往復12qの道のりを渡られるというロマンティックなお祭りです。
これがすなわち神輿渡御祭として今に伝わっているお祭りです。

(3)10月15日(日)の神輿渡御行列の行程
7:30 惣社水分神社には、上下姿の地元の役員がすでに集合しています。

20171025_01.jpg
(惣社水分神社前)

7:40 芳野地区の太鼓台(重さは約2トン)が惣社水分神社前に持ち込まれ、100人以上の人々が参加して出発式を行う。
8:00 惣社水分神社前から芳野地区の太鼓台が宇太水分神社に向けて出発。

20171025_02.jpg
(芳野地区の太鼓台)

8:30 速秋津姫命の乗られた鳳輦神輿(以下神輿という)が数十人の人々と共に惣社水分神社を宇太水分神社に向けて出発。(この神輿はレプリカを使用。重文の本物は収蔵庫)
行列には10本の毛槍(1本が1万石を表すそうです)、花笠、先箱、宝箱などが含まれ、江戸時代の大名行列の形式をとっています。

20171025_03.jpg
(10本の毛槍の先導)

20171025_04.jpg
(鳳輦神輿)

9:15 下芳野の藤村家住宅で休憩。途中、手振り槍振りを行う。藤村家住宅(所有者は藤村高史氏)は宝永年間からの大庄屋で約500年の歴史を誇る大和棟の立派な住宅。昔はこの家から長谷寺まで自分の土地を通って行けたそうです。

20171025_05.jpg
(宝永年間から500年続く藤村家で休憩)

20171025_05b.jpg
(同 案内板)

10:30 中間地点の菟田野東郷の勝林寺(しょうりんじ)前に到着し宇太水分神社の迎えを待ちます。
11:30 宇太水分神社の神職と氏子らは勝林寺前まで神輿の女神を迎えに行き、秘撰(特別なお供え)として化粧品と栗を神輿に供える。女神はそこでお化粧をするらしいです。

20171025_06.jpg
(宇太水分神社からのお迎え)

20171025_07.jpg
(秘撰(栗と化粧品)は鯛の手前)

12:00 勝林寺前を出発し、松井の天神社前で祭典と槍振を行う。
13:30 古市場の地蔵の辻前で槍振を行い、宇太水分神社に向かう。

(4)宇太水分神社境内
12:00〜14:00 勇壮な太鼓台(宮本、岩崎、松井、佐倉、宇賀志、芳野の6基)が順次境内に入り、練り回す。

20171025_08.jpg
(順次、境内に入った太鼓台が練り回す)

14:00 ごろに神輿渡御行列が芳野からの太鼓台に先導されながら到着。神社境内は最高潮の盛り上がりに。拝殿に神輿を奉納し前日までにそれぞれ例祭を行った各地区の郷社26社の御幣を本殿に奉る。各地区の氏神が揃ったことを示します。
その後、神輿著御の儀(惣社水分神社の女神様が宇太水分神社の男神様のところへお渡りになったことを告げる祭典)が行われる。まず、神輿を本殿の脇にある夫婦杉の根元に奉安し、その後当社宮司が本殿に向かって、惣社宮司が神輿に向かって、それぞれ同時に祝詞を奏上するという珍しい神事が行われます。

20171025_09.jpg
(神輿渡御行列が境内に入場)

20171025_10.jpg
(神輿を夫婦杉の根元に奉安する)

20171025_11.jpg
(惣社宮司が神輿に向かって祝詞奏上)

15:00ごろから還幸の儀(退出):芳野太鼓台→神輿渡御行列→佐倉太鼓台→宇賀志太鼓台→松井太鼓台→岩ア太鼓台→宮本太鼓台の順に各地域に帰っていき終了となります。

大雨の中、ずぶ濡れになりながらの力強い地元の人々の協動作業は、地域のつながりと、伝統を守り継承していこうとする熱い心意気を感じるお祭りでした。

保存継承グループ(文)亀田幸英、(写真)鈴木英一・亀田幸英
posted by 奈良まほろばソムリエ at 20:27| Comment(0) | 保存G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月09日

第2回ふれあい交流会

まほろばソムリエの会では、グループに属していない会員やグループの枠を超えて交流を図りたい会員が気軽に交流・親睦を深める場として「ふれあい交流会」を設けています。 
「第2回ふれあい交流会」を、平成29年9月3日(日)午後、南都銀行西大寺銀行クラブで開催したところ、22人(会員16人・理事6人)の参加がありました。
冒頭の開会挨拶では、鉄田専務理事から、ふれあい交流会開催の趣旨や、当会の活動についての説明がありました。

20170909_1.jpg
【鹿谷先生の講演「民俗学の方法」】

講演の部では、奈良民俗文化研究所代表の鹿谷勲先生から、「大和のモノ」について、2時間近くに亘って話がありました。
前半では、最初に、柳田國男や宮本常一を例に、身近なものから始めて次第に広げる・事実と解釈を分けるなど民俗学の方法に関して説明がありました。続いて、有形民俗文化財のうちで身近卑近の道具である「民具」を調べる際には、生活者の視点から見ることや、人間との関わりが大切であることを強調されました。
後半では、これまで撮り貯められた豊富な写真により、「モノの諸相」について具体的な説明がありました。会員が見たことのあるモノの写真も多く、会場から良く声があがっていました。特に、祭礼の幟や仮屋、村の霊柩車、掃除機の排気活用、十津川村の六千点の民具が印象に残りました。
最後に、私たちの生活がこれからどうあるべきかを考える際に、民俗文化の蓄積が材料になるので、何をどのように残すかを考えることが重要であると結ばれました。

20170909_2.jpg
【鹿谷先生の講演「モノの諸相」】

懇談の部は、長岡副理事長の挨拶で始まりました。
参加者の自己紹介では、初めて出席された方からは合格に至る苦労話や国際化に必要性などが示されました。意気投合してメールアドレスを交換した方もいました。
最後に、鹿谷先生から、まほろばソムリエの会は有数の知的集団であり、今後とも奈良の文化の保存・活用・継承に努めて「全県全土歴史公園」の実現に貢献して欲しいとのエールをいただきました。
次回の開催は、平成30年3月頃を予定しています。ふれあい交流会への参加を希望される会員の方は、池内まで電子メール( ikeuchi@leto.eonet.ne.jp )で連絡してください。名簿に登録して、次回以降の案内をお送りします。

文 池内 力  写真 鉄田 憲男
 
posted by 奈良まほろばソムリエ at 10:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする