2021年11月25日

保存継承グループ 多神社(田原本町)で美化奉仕活動

保存継承グループは11月21日(日)、社寺美化奉仕活動を田原本町多の多神社で行いました。正式には多坐彌志理都比古(おおにいますみしりつひこ)神社と言い、延喜式内明神大社の歴史ある神社です。江戸時代建立の春日造りの4棟が並ぶ本殿は県指定建造物。神武天皇、その第二皇子でこの地域の古代豪族・多氏の祖神とされる神八井耳命(かむやいみみのみこと)など4祭神が祀られています。

好天に恵まれ、当グループから8名、ソムリエの会から10名の合計18名が参加しました。

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〈参加者は県内から16名、大阪から2名。拝殿前で〉

電車組は午前9時半に近鉄橿原線笠縫駅前に集合、徒歩で神社へ向かい、拝殿前でマイカー組と合流。鎌と雑草入れのビニール袋を受け取った後、10時ごろから本殿西側の鎮守の杜で笹などの雑草刈り取りをスタート。

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〈笹などを刈り取ってビニール袋に詰める参加者たち〉

笹藪を手前から奥へ狩り進んで行くのですが、笹は思いのほか硬くて鎌で刈り取るには力が要りました。道路に面したところでは捨てられたペットボトルなどのゴミもあり、併せて回収しました。
1時間10分ほどで刈り取られた笹などの雑草はなんと!大型ゴミ袋十数袋分に。

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〈笹は高いもので1.2m程度あり、茎は結構硬かった〉
 
作業の後、参加者の1人でガイドグループの坂口隆信さんに多神社にまつわるお話と周辺の史跡について説明していただきました。最後は多神社南側にある摂社で、多氏の一族の『古事記』編者・太安萬侶を祀る小杜(こもり)神社も訪ねました。
正午すぎに現地で解散し、小春日和の中、すがすがしい半日となりました。

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〈本殿近くで坂口さん(中央奥・こちら向き)の説明を聞く参加者たち〉

拝殿横の多神社資料館には木造太安萬侶神像(田原本町指定文化財)や多遺跡出土品などが展示されています。ご神職が急な所用でご不在だったので、当初予定していた見学は残念ながらできませんでした。また日を改めて見学させていただこうと思います。
 
一昨年までは任意団体「まほろば会」主催の社寺美化奉仕活動に保存継承グループ有志が参加してきましたが、昨年度から当グループ主催で実施しています。NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」会員の社会貢献活動の一環です。次回開催時も会員の皆さんに参加募集する予定ですので、関心のある方々のご参加をお待ちしています。

保存継承グループ 文:東辻裕子、写真:久門たつお

posted by 奈良まほろばソムリエ at 20:44| Comment(0) | 保存G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月03日

女性グループ(ソムリエンヌ)「糞虫観察会と糞虫館見学」

2021年10月30日(土)

さわやかな秋晴れの一日、糞虫観察会をおこないました。観察場所は飛火野の辺り。講師としてならまち糞虫館の中村圭一館長をお迎えしました。参加者は10名です。

まず春日大社参道前のバス停に集合、中村館長から奈良公園の糞虫の概要と観察方法のポイント説明を受けました。

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中村館長の説明

奈良公園で見られる主な糞虫は38種類,日本に生息する糞虫160種のうち、なんと1/4が奈良公園で見られ、奈良公園は「糞虫の聖地」と呼ばれます。
観察する時は、糞を直ぐにほじくりかえさず、そっと裏返したり、糞虫が食べている様子があるかなどをじっくり観察することから始めるようにご教授いただきました。
まずは館長のデモンストレーション、その周りを皆で囲みます。

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デモンストレーションを観察

糞を丁寧に割っていくと、いました。体調5〜8.5mmの小さな黒い糞虫、ナガスネエンマコガネです。この種は奈良公園ではよくみられるとのことですが、全国的にはめずらしい糞虫だそうです。

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奈良公園で良く見られるナガスネエンマコガネ

次に各自、思い思いに糞虫を探しました。参加者の目当ては「ルリセンチコガネ」、奈良公園や紀伊半島南部で見られる体長2cm弱の全国的にも珍しい瑠璃色に輝く糞虫:オオセンチコガネのルリ型です。

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思い思いに観察

日当たりの良い場所では見つからなかったので場所を変え、日陰の枯れ葉が積もった場所に移動。観察を続けます。

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枯れ葉の場所を観察

すると参加者の一人が美しく輝くルリ色を発見、残念ながら生きた個体ではなく羽だけでした。

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ルリセンチコガネの羽

羽だけ残った個体が数匹見つかったので、この辺りには生きた個体がいると確信し更に探すことしばらく、ついに見つかりました。

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ついに生きているルリセンチコガネを発見

その後、別の場所でもう一匹も発見。

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もう一匹のルリセンチコガネ

2匹を並べると同じルリセンチコガネながら微妙に色が違うのが分かります。

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2匹並べると微妙な色の違い

奈良公園は条例によって動植物を持ち帰ることが禁止されているので、最後は糞虫をリリースしました。

糞虫観察会の後、時間の都合がつく参加者はならまち糞虫館を訪ねました。
少し分かりにくい場所にあり、外観は古い家ですが、中に入ればスタイリッシュ。展示の仕方もおしゃれな空間です。

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まずは糞虫館を自由見学

その後、中村館長からモニター画像を使ってルリセンチコガネの生態などについて説明がありました。

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モニター画像を使っての説明:ルリセンチコガネが糞を運ぶ様子

ルリセンチコガネはフンコロガシのようには糞を転がしませんが、卵を産む場所まで自分の体重よりはるかに重い糞を引きずって運びます。

当日の朝は少し気温が低かったので糞虫の動きが鈍いかと心配しましたが、その後お天気にも恵まれ、2時間で2匹のルリセンチコガネに出会うことが出来ました。

参加者からは「楽しかった」、「これから、奈良公園では足元を気にしながら散策すると思います。あんな小さなコガネムシたちが奈良公園をキレイにしてくれてるなんて、感謝しなければ、と思いました。」などの声が寄せられ、大満足の一日でした。

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糞虫観察会―中村糞虫館館長と参加者

女性グループ(ソムリエンヌ) 文章:清水千津子 写真:松浦文子&清水千津子
posted by 奈良まほろばソムリエ at 09:34| Comment(2) | 女性G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月25日

女性グループ(ソムリエンヌ)「コンニャク作りと草木染めの体験」

2021年8月1日(日)

昨年に引き続き、コロナ対策をしっかりとって、コンニャク作りと草木染めの体験をおこないました。会場は、宮奥ダムの畔、山間に立つ松浦の自宅。参加者は、9名。近鉄桜井駅南口に集合して、車に分乗して来られました。

宇陀市役所から講師の山本様、いつもご協力いただいている天野様の指導の下スカーフやハンカチを染めました。また、こんにゃく芋からコンニャクがどのように作られるのかを西岡様に教えていただき、できあがったのを田楽みそでいただきました。お昼を挟んで、4時間程楽しい時間を過ごしました。

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会場の庭

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昨年の作品

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草木染めの準備

草木染めは、天然の植物を使って染める染め方です。種類は、藍、ヤマモモ、キハダ、キバナコスモスとマリーゴールドのミックス、西洋あかね、黒ぬかです。

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座敷で草木染めの説明を聞いています。

いよいよ庭に出て、実習。

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コンニャク作り

コンニャクは、芋を洗い、ゆがく。それをカットして、ミキサーですりつぶします。バットに流し入れ、2時間ほど置く。そこに、石灰水を入れ、よくかき混ぜ、粘りがでてくるまで混ぜる。時間をかけすぎるとボソボソになるので気をつける。型にいれて、1時間程おく。固まったら適当な大きさにきり、鍋で1時間ほど茹でる。最後にあく抜きのため、湯をかえて、再度茹でる。

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コンニャクを混ぜるのを熱心に見学。

コンニャクは、型に入れるまでを行い、その後草木染めにかかりました。

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スカーフやハンカチを水につける。

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藍の葉をとる。

葉をミキサーで細かくし、網の袋に入れて絞り、お湯の中へ袋をつける。そこに生地をいれる。何度もつけていると色の濃い藍色になってくる。好きな材料で思い思いの色を楽しんでおられました。

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干して作品を乾かす。

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一人一人が好きな色に染め上げました。

青に黄色、ピンク、紫、緑など同じ材料でも微妙に色合いが違います。毎回新しい発見があります。
風になびくスカーフやハンカチは、とっても美しく仕上がりました。

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できあがった作品を巻いて、記念写真を撮りました。

明治時代に化学染料が日本に入ってくるまでは、すべてが草木染めでした。平安時代の十二単衣も草木染めから生み出されたものです。植物の中にこんなに素晴らしい色が眠っているんですね。「また、来年も草木染めを楽しむことができたらいいね。」と講習会を閉じました。

女性グループ(ソムリエンヌ) 文章・写真  松浦 文子

posted by 奈良まほろばソムリエ at 17:53| Comment(0) | 女性G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月27日

日本書記・「禁断の恋!軽皇子と軽皇女」

実施日 2020年11月29日(日)

行程 近鉄橿原神宮前駅集合⇒橿原公苑⇒いもあらい地蔵尊⇒田中廃寺(田中宮跡)⇒馬立伊勢部田中神社⇒和田廃寺⇒甘樫丘休憩所(昼食)⇒剣池⇒石川精舎跡⇒軽寺跡⇒五条野丸山古墳⇒近鉄岡寺駅(解散)
(徒歩約6Km)

「歩く・見る・学ぶ!『日本書記』物語2020」シリーズの「橿原コース」編。日本書記が伝える軽皇子と軽皇女の悲恋物語は、主人公の名前に「軽」が付くことから、その舞台は「軽」の地であったと思われます。「軽」の地に点在する神社や寺跡を巡り、古代史の舞台に思いを馳せてみます。

秋が深まり紅葉が映える晴天の下、36名の参加者は7班に分かれて順次スタート。そのウォーキングの様子をご紹介します。

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講演会場の橿原公苑で木村三彦さんの講演を聞きました。「禁断の恋!軽皇子と軽皇女」の悲恋物語や日本書記に登場する「軽」の表記がある地名などの説明があり、皆さんメモを取って熱心に聞いています。

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いもあらい地蔵尊
“いも”は天然痘のこと、病気が入ってこないようにと地蔵が祀られました。また芋、或いは妹にも通じ、空を飛んでいた久米仙人が川で洗い物をしていた若い女性のふくら脛を見て心を乱し、飛行の神通力を失ってその女性の前に墜落したとか。

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田中廃寺
田中宮は舒明天皇が飛鳥岡本宮の焼失後、百済宮に遷るまでの仮宮としてこの地に構えたといわれています。
その後、寺院(田中廃寺)が建立されました。

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馬立伊勢部田中神社
もと飛鳥川近辺の字古宮の地に鎮座していたが慶長年間に飛島川の洪水の為も流されて現在の地に遷座したとのことです。

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和田廃寺
田んぼの中にぽつんと土の高まりがあり、7世紀後半の寺院塔跡と分かりました。この寺院は、蘇我氏と密接な関係にあった葛木臣の氏寺という説があります。藤原京の朱雀大路がこの辺りまで伸びていたかも知れません。

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剣池
白い杭の向こう側が剣池で、こちら側が石川池です。池の南側は孝元天皇陵です。

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石川精舎跡
蘇我馬子が百済から貰った仏像を安置した仏殿との説明。でも古瓦も出土していないし確証はないらしいです。

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軽寺跡
軽寺は飛鳥時代に建てられたと考えられています。悲劇の主人公・軽皇子や軽皇女はこの辺りに住んでいたのでしょう。

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五條野丸山古墳
奈良県で最大の前方後円墳です。東側から眺めるとその大きさが実感できます。被葬者は欽明天皇とその妃・堅塩媛(きたしひめ)、或いは蘇我稲目という説があり、まだ決着が着いていないらしいです。その謎について参加者から多くの質問が出ました。

「日本書記」に登場する古代史の舞台を、また普段はめったに行かないところを巡り、皆さんご満足の様子でした。
posted by 奈良まほろばソムリエ at 21:37| Comment(0) | ガイドG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月23日

三輪山伝説!大物主神と4人の妻

実施日2020年12月13日(日)

行程 エルト桜井(木村さんの講演)⇒海石榴(つばいち)⇒志貴御県坐神社(磯城瑞牆宮跡伝承地)⇒大神神社⇒茅原狐塚古墳⇒箸墓古墳⇒JR巻向駅 (約8q)

今日は、「歩く・見る・学ぶ!『日本書紀』物語2020」シリーズの最終回。『日本書紀』の舞台になった山の辺の道とその周辺に点在する仏教伝来の碑、大神神社(おおみわじんじゃ)、箸墓古墳などをめぐり、古代ロマンを存分に味わっていただこうと企画したものです。

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木村三彦さんの講演
「三輪山伝説!大物主神と4人の妻」と題して、奈良まほろばソムリエの会顧問の木村三彦さんの講演を聴きました。
大神神社のご祭神である大物主神。倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)、活玉依姫(いくたまよりひめ)など、『日本書紀』『古事記』に語られる大物主神に仕える巫女(妻)の話に、熱心に聞き入っていました。

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海石榴市(つばいち)の説明図絵
海石榴市は古代からの交通の要衝として栄えたところです。遣隋使として隋に渡った小野妹子が裴世清(はいせいせい)を連れて帰国したとき、75頭の飾り馬で出迎えた様子が描かれています。広い河原で各班が説明しています。

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仏教伝来の碑
対岸に仏教伝来の地の碑が立っています。大阪から大和川を遡ってくる船の終着点の一つで、『日本書紀』では、欽明天皇の時代に百済の聖明王から贈られた仏像や経典が到着したと記されています。
碑の傍らの万葉歌碑を解説しているところ。

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磯城瑞籬宮(しきのみずがきのみや)跡伝承地
志貴御県坐神社の境内に磯城瑞籬宮跡伝承地の碑が立っており、『日本書紀』には第十代崇神天皇がこの地に宮を遷したと記されています。崇神天皇は大物主神と深い関わりを持つ天皇です。

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昼食のにゅうめんセット
お昼は大神神社門前の福神堂でにゅうめんと柿の葉寿司のセット。温かい食事にホッと一息。静かに、静かに味わっておられました。

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大神神社拝殿前
大物主神を祀る大神神社は三輪山をご神体としており、本殿を持たない神社です。拝殿の奥にある三ツ鳥居をとおして、三輪山を拝む古来の神祭りを受け継いでいます。
現在の拝殿は徳川四代将軍家綱が再建したもの。
 
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神武天皇聖蹟(せいせき)顕彰碑
神武天皇聖蹟狭井河之上(さいかわのほとり)顕彰碑の裏面に「神武天皇伊須気余理比売(いすけよりひめ)の御家ありし狭井河之上に行幸あらせられたり。聖蹟はこの地付近なりと推せられる」と刻まれています。

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神御前(かみのごぜん)神社
ご祭神は大物主神の妻の一人、倭迹迹日百襲姫。この地が『日本書紀』に記されている、崇神天皇が八十万の神(やそよろずのかみたち)を招いて占いをした神浅茅原(かむあさぢはら)と考えられています。神浅茅原は纏向川と初瀬川に挟まれた、いわゆる“瑞垣郷(みずがきごう)”と呼ばれた地域で、古代から聖域とされてきました。
正面の三輪山の美しい姿が印象的です。

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茅原狐塚(ちはらきつねづか)古墳
築造時期は7世紀後半で、弁天社古墳と相前後して造られたと考えられています。17mもある桜井市内でも屈指の規模を誇る石室にナルホドー。

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大市墓(おおいちぼ)拝所
箸墓古墳は宮内庁により、倭迹迹日百襲姫が祭る大市墓として管理されています。『日本書紀』では「昼は人が造り、夜は神が造った」と記され、また「大坂山の石を手渡しで運んだ」と記されています。

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山茶花が美しい箸墓の道
拝所から周濠に向かう途中、山茶花が咲いていました。あまりの美しさに思わずパチリ。

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普段は見られない箸墓古墳の裾
大池の水が引く冬には、周濠に箸墓古墳の裾が見えます。めったに見られない眺めに、皆さん食い入るように見ていました。

数々の『日本書紀』の舞台をめぐる楽しい1日でした。
posted by 奈良まほろばソムリエ at 21:33| Comment(0) | ガイドG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする