2019年08月05日

始まりました!「サクサクわかる!万葉講座」

第1回「万葉学ことはじめ〜90分で万葉通に〜」米谷潔さん

20190805_01.jpg

7月27日(土)南都商事新大宮セミナールーム(南都銀行大宮支店と同ビルの4階)で第1回「サクサクわかる!万葉講座」が約50名の参加で行われました。当会で万葉集と言えば米谷潔さん!まるで「令和」を予言したかのような当会「奈良まほろばかるた」の制作提案、読み札・解説文の原案作成者です。万葉集を徹底的に研究され、何十年も学ばれた深〜い知識を初心者でもわかりやすいように、まとめて下さいました。

そんな貴重な講演を、なんと今回は、要点のパワーポイント画像(この記事の末尾)まで載せて下さるのだから、ありがたい! 講演会に行けなかった方もぜひこの機会にご一読を!万葉集の基本の「き」、土台がしっかりとできあがるチャンスですよ〜(^^)

では、そんな米谷さん、万葉集との出会いのルーツをたどると…「高校時代のクラス担任が、万葉集研究の第一人者・犬養孝先生の愛弟子・清原和義先生だったのです」と。高三の時、受験前というのに授業は万葉集ばかり。そして、万葉集ゆかりの地をたくさん歩かれたとのこと。「先生のお陰です。ご恩とご縁を感じます。」とおっしゃっていました。

20190805_02.jpg

そして、まずは序論で三つの歌「三輪山をしかも隠すか雲だにも…」「采女の袖吹き返す明日香風…」「あをによし寧楽の京師は…」を解説。

その後いよいよ本論へ。「万葉集は日本最古の歌集」ということで、その名前の由来から始まりました。実は「万葉集は、逐次付け加えられていった歌集なのです」とのこと。その20巻の概要、年代、時代背景、作者、歌の種類分け、詠まれた土地等、次々に内容をギューッと凝縮して図表にして説明して下さいました。(末尾のパワポをご覧いただくと一目瞭然!)

そして、有間皇子や大津皇子の歴史的事件を系図や写真を使ってお話されました。「万葉集のテーマは愛と死なのです!」と。(なるほど!!)

また、万葉集原文についても触れ、漢字文、万葉仮名、九九も使われたことやその使い方もご解説。一番多く使われている動物「ほととぎす」や植物一番の「萩」、二番の「梅」など、いろいろな動植物をご紹介下さいました。

20190805_03.jpg

そして、柿本人麻呂歌集の歌を紹介し、古来、日本には言霊信仰があること。言霊が日本の精神文化の基礎にあったことをお話下さいました。最後に「令和」にまつわる梅花の歌を解説され、今の時代について思うことも話されました。

「最近の言葉はどうでしょう。すぐに言葉を縮めたり、カタカナにして省略したり、そこには『言霊』がないじゃないですか。悲しい。日本語をもっと大事にしてほしいです」と…。令和になった今、万葉集をきっかけに、日本の言葉や言霊についてもう一度考える機会を与えられたような気がします。

「万葉集は文学と歴史学の接点!歌集であるとともに歴史書なのです」「日本の文化を大事にしたいのです」と締めくくられました。

20190805_04.jpg

米谷さんの穏やかな笑顔の講演は、聞き始めると、難しそうな万葉集の世界が次第にわかってきます。参加された皆さんも、ご満足そうに帰って行かれました。米谷さん、わかりやすくお話下さり、ありがとうございました。

さてさて、これからのソムリエの会「万葉シリーズ」はどのように展開していくのかドキドキワクワク楽しみです。皆さんもぜひこの機会に参加されませんか?(なんとこの「サクサクわかる!万葉講座」は、県から「なら記紀万葉」の補助金が出るので無料なんです!)ソムリエの会内外からの皆さんのお越しをお待ちしております。

当日のパワーポイント資料

文:広報G 増田優子  写真:鉄田憲男

posted by 奈良まほろばソムリエ at 22:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月24日

ふれあい交流会 フン虫王子がやってきた!

7月15日(月・祝)ソムリエの会第3回ふれあい交流会講座が南都銀行西大寺銀行クラブで行われました。今回の講師は「ならまち糞虫館」代表のフン虫王子こと中村圭一さん。「糞虫の聖地!奈良公園の魅力」と題して和気あいあいとした楽しい講座でしたので、ご報告させていただきます。

20190724_01.jpg

20190724_02.jpg

20190724_03.jpg

20190724_04.jpg

20190724_05.jpg

20190724_06.jpg

20190724_07.jpg

館長のプロフィールと「ならまち糞虫館」設立物語
子どもの頃から虫が大好き!いつも下を向いて地面に何か虫はいないかと木の枝でひっくり返す好奇心いっぱいの少年だった中村さん。中学時代に糞虫の存在を知り、奈良公園でルリセンチコガネに出会いその輝く姿に魅せられてしまいます。なんと中学高校生の公募コンクール「日本学生科学賞」の県知事賞を受賞!その後、大人になって糞虫観察のため世界にまで出かける一方、金融機関の東京勤務が続きます。
「好きなこと、ワクワクすることをやりたいな。何か新しい挑戦を!」と仕事を辞めて、新たな世界へ飛び出します。地元奈良に戻り、空き家の町屋のモデルケースに応募すると「面白い!」と採用。夢が一気に実現したそうです。
しかし、「空き家といっても、まわりの環境は昭和レトロ。内装を知り合いのデザイナーにお願いして、(ただ虫を並べるのではなく)オシャレなジュエリーショップのような展示にしてもらいました。」と中村さん。まるでギャラリーみたいな斬新なデザイン!「こんな糞虫館は、日本でここだけです。」と。
そしてさまざまなメディアに取り上げられ大きな話題になっていきます。「日経新聞の『私の履歴書』の横にある文化欄にまで載って『場違い‼』と思いました(笑)」と中村さん。

奈良公園と鹿
「今は鹿活!鹿と美しい奈良公園の景色を撮ってインスタに上げるのが流行です。」「奈良といえば、1に大仏、2に鹿、3にフン虫‼ 大ブレークしますよ(笑)これ最先端ですから。」と笑いながらも真顔でおっしゃる中村さん。
奈良公園は「糞虫の聖地」として専門家の間では、とっても有名だそうです。「環境が守られていないと糞虫は生きていけない。ここは彼らにとって住み心地良いから、糞虫の聖地なのです。」と。そして、日本の三大「糞虫の聖地」(広島県宮島と宮城県金華山とここ奈良公園の三つ)を紹介して下さいました。
「一日約1トンの鹿の糞が奈良公園にばら撒かれ、それを糞虫が処理をしてくれます。彼らが鹿の糞をバラバラに粉砕して土に還してくれるお陰で(微生物も作用して芝生の養分となり)美しい芝生、緑は守られるのです」と。
(あとでお聞きしたら、「もしも人を雇ってフンを拾い集めたらそれだけで23億円!その上、芝刈り機を買って、設備投資をして、フンを処理して肥料に還元すると、毎年100億円ほど費用がかかる」とのことなのです。なんてすごいフン虫たち‼)

では、糞虫とは?
一般的には、糞を食べるコガネムシの仲間で、日本に約160種生息。奈良はその内59種が確認されていて、一年中観測できるそうです。「でも、実は日本にいる99%はフンを転がさないのです。しかし!1%は、フンを転がします!」「1%ここ大事‼ソムリエの方ならここは押さえて‼(笑)」とユーモアたっぷり。

糞虫の四季
「春はフン虫のメスを求めてオスが歩き回り発見しやすいんですよ。」と中村さん。「一日中ずっと座って見ているといろいろとわかるんですよ」と。(一日中待つって、中村さんそこがすごいんですけど)
「でも夏は見つけにくいんです。夏は親が死んで数が減るし、暑いと土中にもぐります。基本、一年しか生きないのです」と。
「秋は生まれたてのピカピカ!」そして5本角のまるでカブトムシのようなゴホンダイコクコガネのことを話され、「かっこいいでしょ」と自慢気な中村さん。
「冬にもフンを食べる種類がいます」と四季それぞれの様子を紹介して下さいました。

奈良特産のルリセンチコガネ
実は、ルリセンチコガネというのは、種名は「オオセンチコガネ」。地域によって色の差があるらしく、ここ奈良で生息するのは色がなんとも美しい「ルリ色のオオセンチコガネ」。これが奈良でしか見ることができないために「ルリセンチコガネ」と呼ばれています。(奈良だけがルリ色だなんて素敵ですね!)
そして糞虫たちの約半分がマクソコガネの仲間で、一年中生息し、奈良公園の鹿のフンをきれいに食べてくれます。
「皆さんご存じでしたか?『奈良市の環境キャラクターになったのは何でしょう?』・・・正解は『奈良が世界に誇るルリ君‼なのです〜!』」(マニアック〜‼)
そのルリセンチコガネの繁殖は、一つの穴に一個のたまご。地下で食事とエアコンつきで、湿度も調整してくれますからね〜」と。

多種多様なマクソコガネの仲間を紹介
犬のフンじゃないと嫌だというセマダラマグソコガネ、牛糞等が好きなマグソコガネ、フンを食べない糞虫、とっても小さいヒメツツマグソコガネは奈良でしかなかなか見つけられないレアな糞虫Saprosites narae (なんと学名の中に「奈良」が入ってる!)等々

世界の糞虫
美しい糞虫や牛糞に埋もれかけたオーストラリアを救ったといわれる糞虫の話等アフリカやアジア等世界中で活躍(⁉)する糞虫も紹介されました。

ファーブル昆虫記のフンコロガシ
ファーブル昆虫記に出てくるスカラ・サクレはフランスにはおらず、「ファーブルさんは実際にはスカラベティフォンを観察していたのでは?」と中村さん。しっかりと「エジプトのフンコロガシを奈良公園で飼ってみる」という実験もされて成功しています。

古代エジプトの太陽神のフンコロガシ
古代エジプトの権力者は、スカラベ(フンコロガシ)を神の使いと重ね合わせていたかもしれない(フンの玉を転がし大きな球体を作るスカラベの習性を神秘的なものと考え、その球体を太陽に見立て、スカラベを太陽の運行を司る神と同一視)というから驚きです。スカラベを模した装飾品まであって出土しているとか!
(ちなみに日本にスカラベの仲間はいないようです。)

大丈夫か?奈良公園
鹿が草を次々と食べてしまい、春日山原始林は最近木が育ってきていないとか。
また、ナラ枯れという現象も起きているそうです。体に菌がついた木食い虫が大量発生。水は不足するし、止められない虫の増殖!
また、芝生は勝手に育つとボサボサになってしまいます。鹿が芝生を食べては踏みを繰り返し、観光客も増えて踏みつけられてしまうので、禿げてしまうそうです。いろいろ問題があり、奈良の自然、奈良公園をどう守っていくかも考えなくてはならないと問題提起もされていました。そして、中村さんは、一人でも多くの方に奈良公園の小さな糞虫の大きな存在を知ってもらい、魅力を感じてほしいと活動を続けておられます。

こよなく糞虫を愛し研究し続ける中村圭一さん。なんとも楽しそうに少年のように目を輝かせて糞虫を語るお姿を見ていると、これは奈良の新名所になるかも!とうなずいてしまいます。大ブレークする前に糞虫館に一度足を運び(土日13:00-18:00のみオープン・奈良市南城戸町)新しい世界を旅してみるのも面白いかも!行ってみなくちゃ!と思われた方も多かったのでは。久々の「ふれあい交流会」は女性も多く賑やかに終わりました。


広報G 文:増田優子 写真:鉄田憲男



posted by 奈良まほろばソムリエ at 20:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月01日

保存継承グループ 橿原市:上品寺町の「シャカシャカ祭」見学記

奈良県内には、御所市・野口神社の「汁かけ祭」や田原本町の「鍵の蛇巻き」「今里の蛇巻き」等、藁(わら)で蛇の形をした綱を作り、それを祀る行事がいくつかあります。

毎年6月5日に行われる橿原市上品寺町の「シャカシャカ祭」は、県内で一番有名な「ノガミ(農神あるいは野神)祭」とのことで、古くは旧暦5月5日に行われていました。
蛇の作成から最終のご神木への蛇巻きまで、のんびりと見学しました。

シャカシャカ祭では、その年に地域(上品寺町)で長男が生まれた家が、当屋(頭屋)を務めます。少子化の進んだ現在は、当屋は世話役のような人が務めます。
当日の午後1時から当屋宅の庭で稲わら(以前は麦わら)で約10b、重さ約20`cの“じゃ”(蛇)をつくります。上品寺町の田んぼで昨年とれた稲わらを使っているとのことです。

20190701_00.JPG

20190701_01.jpg
<当屋のガレージで“じゃ”が作られています>


上あごと下あごは、桟俵(さんだわら)という米俵の両端につける円形の藁ぶたを使います。
今年初めての試みで、ビワの実で目がつくられ、完成。なんとも可愛い“じゃ”が出来上がりました。
午後3時から当屋宅で作られた、ヨシの葉で包んだチマキが2個、“じゃ”の顔の前に供えられました。長さ約20a、直径約10aの棒状の大きなチマキです。

20190701_02.jpg
<大きなチマキを口の前に供えられて…>


午後4時ごろ、当屋に青いハッピを着た小学生以下の男子が20人ほど集まってきました。
赤いハッピを着た当屋の児を先頭にして、子どもたちは蛇の横に並びます。

20190701_03.jpg
<4時集合!もうすぐ出発>

午後4時、“じゃ”を担いで、さぁ出発。ただし、昔からの風習で担ぐのは男子のみです。

20190701_04.jpg
<子どもたちが“じゃ”を担いで町内を練り歩く>

途中、現在は無くなった池の跡で“じゃ”に水を飲ませます。池の代わりに、大人が運んできたバケツの水をしゃくで汲んで、口にかけます。

20190701_05.jpg
<子どもたちが交代で“じゃ”に水を飲ませます>

水を飲ませ終わると、折り返して上品寺町の集会所の方に向かい、もう一度池の跡とされる場所で“じゃ”に水を飲ませます。こうして約30分余り練り歩いたあと、集会所横の大きな榎の木(ご神木)に“じゃ”を巻き付けます。木の上に登って巻き付けるのは、大人たちです。
木の上方の二股になった太い枝の間に頭を掛けられ、赤い舌をだらりと垂らした“じゃ”は、少し疲れたような表情にも見えます。

20190701_06.jpg
<二股に分かれた枝に顔を掛けられたる“じゃ”>

“じゃ”が木に掛けられると、祭りは終了。ご神木の前で記念撮影をして解散です。

20190701_07.jpg
<参加者全員で記念写真>

●シャカシャカ祭の由来
元々は、農家を継ぐのが長男であることから、長男が生まれた家が当屋となって、麦わらで、長さ5b、直径30a足らずの蛇(じゃ)を作っていました。それを、村の7才から15才までの男子たちが担いで村を練り歩き、水を飲ませるため南北2つの池の中に“じゃ”をつけた後、農神さんの木にそれを巻き付けて、お神酒やチマキを供える、というものでした。
祭りの起源は、ここにあった大きな池を埋める時に殺した大蛇の霊を弔うためという説もあります。
シャカシャカ祭りの語源については、蛇が竹やぶなどを通る際にシャカシャカと音がしたことから名が付けられたなど、いろいろな説があります。

今後も、元気な子供たちと地域住民の協力により、「シャカシャカ祭」が続いて行くことでしょう。

保存継承グループ  文:春日由広、写真:小倉つき子

posted by 奈良まほろばソムリエ at 22:03| Comment(0) | 保存G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月23日

奈良まほろばソムリエの会 総会 トーク&上映会

6月16日,NPO奈良まほろばソムリエの会の総会がありました。総会の後、映像作家の保山耕一さんを招いて90分間のトーク&上演会が行われました。

20190623_01.jpg

保山さんは、まほろばという言葉がぴったりな奈良の美しく素晴らしい映像を大画面とうっとりするような音響で見せて下さいました。その上、それぞれに解説をしていただくというなんとも贅沢なひとときを楽しませていただき、とてもありがたい機会となりました。それらの一部を一つずつご紹介させていただきます。


1. 春日大社の藤
(映像はまずは美しく神々しい藤の花から始まります。)
ところが、「今年の砂ずりの藤は、人々が、写真を撮りたくて藤を引っ張るため、花が伸びきる前にボロボロになってしまいました。」と保山さん。このボロボロになってしまった藤から「考えさせられてしまいました」と…「どこかが間違っている。これはその象徴!」だと…
そして、前春日大社権宮司の岡本彰夫先生との交流が深い保山さん。
岡本彰夫先生は「学ぶこと」、保山さんは「感動すること」
「この二つが、人生を豊かにするためにとても大切」とおっしゃっていました。
また「芸術に触れることによって、豊かになるのです。」ともおっしゃっていました。

2. 平城京跡
春、秋には朝早くに霧が出るそうで、腰より下に、あたり一面に霧が広がるという普通では見たこともないような美しい映像を見せていただきました。
「地面を這うように覆いつくす霧!この世の風景ではないのでは?と思うほどの霧です。」そして、周りは住宅なのに、「まるで、雲の上を歩くように広がるのです。皆さんご存じでしたか?」とおっしゃっていました。
しかし、「5年10年前には、もっと頻繁にあったのに、なぜ今、こういう風景はなくなったのでしょうか? これは、何かの警鐘なのです。」と保山さん。
「僕は、平城京跡のこの借景(これを借景と言われていました)が大好きだったのですが、自分たちのふるさとを次世代にどう受け継いでいくかが問題なのです。」また、「表立った論議・賛成とか反対とかだけではなく、この風景が教えてくれるのは、何なのか!がとても大事なのです。」と言われていました。
そして、また「平城宮跡は私たちを試している!」ともおっしゃっていました。
それは、「古いところは古いところで残す。新しいものも造っていく。そうして、奈良の役割を考えていく。そのことが大切なのです。」と。

3. 興福寺中金堂
(ここでは千住真理子さんのバイオリン演奏をBGMに、映像が流れます。)
「300年前に中金堂が消失した時と同じく、ストラディバリウスのバイオリンもまた300年前に作られたものなのです。」
(なんというコラボレーションなのでしょう‼)
「300年ぶりに再建された中金堂に沈む太陽!
300年ぶりに再建された中金堂の満月!
そして、300年ぶりに再建された中金堂の五色の幕にたなびく風!
それも再建されて完成した一番初めの風!」
(その姿が映し出されます。)
「カメラマンなら、それを撮らなければ!!」と保山さん。
「偶然か必然か中金堂落慶の今この時を迎える自分」「涙が出ました」と保山さん。
(千住真理子さんのストラディバリウスのバイオリン演奏の音に魅了させられながら、中金堂落慶の日の映像が脳裏に焼き付きついていきます。)

4. 大和の大雲海
(ここでのお話も感動的でした。)
「実は、きょうは撮影することもやめようかと思っていた時、朝4時頃、目を覚ますと…辺り一面に霧!!そしてすぐに若草山の上に登ります。すると、奈良盆地に100年に一度くらいかと思われる大雲海が!そして雲の上には快晴の空!
けれど、不思議なことに御蓋山の山頂だけは雲で隠れず雲の海に浮かんでいたのです!!
『浮雲の峰とはそういう意味だったのか‼』その時初めてわかりました」と保山さん。
「つらい時でも、頑張っていたら、真実とつながる瞬間がある!!すべてをあきらめようと思ったのに、浮雲の峰から、神様が『まだ頑張れよ!』と言っておられるみたいで…感謝しています。」と保山さんは、胸の内をお話して下さいました。

5. 長谷寺の桜
(次は長谷寺の伽藍配置のお話とその伽藍にたくさんの桜の花びらの舞い散る映像)
「何にでも意味があることに気づいた。」と保山さん。長谷寺のお坊様から「ここは人間の一生。三重塔から太陽が上がり、桜の花びらを本堂の観音様が最後に受け止めて下さるのです。」というお話を聞かれます。
「桜の花びらが、まるで蛍が飛んでいるかのように、子どもが遊んでいるかのように舞うのです。」
(そして、大きな十一面観音様のお姿が映し出されます。)
「みんな最後は本堂に!」桜の花びらは一枚一枚が本堂に向かって風に吹かれていきます。
「なぜ昔の人はここに桜を植えたのか、それも感じるのです。」と保山さん。
(会場内からは、静かにすすり泣く男性、女性。あちらからも…こちらからも…)

6. 吉野山の桜
(さあ、そして吉野山の満開の桜の映像です。)
保山さんは「一つの風景でもその意味を知っていると感じ方が全然違う。」とおっしゃられ「ここでは、現地の人の声を聴くことの大切さを教えてもらいました」と。
「桜の満開と満月が重なったらね、皆さん、どうなると思いますか?」と保山さん。
「山じゅうの桜がね、香るんですよ。本当に甘い香りが漂っていたんです。その時に僕は『知ったつもりで、喋っている場合じゃない。』と思ったのです。何でも奥があって、自分の知っているのは、ほんの一部に過ぎない。『謙虚な気持ちでいかなければいけない』と感じました。」とお話されました。
そしてまた吉野水分神社〜上千本にかけての桜の映像、吉野の桜は祈りの桜とお話をされていると会場からはまたどこからともなくすすり泣く声が聞こえてきます。

7. 明日香村の棚田
(次は日本の原風景の一つ・棚田が映し出されます。ここでは、明日香村のおじいさんとの会話が印象的でした。)
保山さん「棚田はなんでやってるんですか?」とおじいさんに聞かれます。
するとすぐに「自分がこの棚田の風景を見続けたいからや」と返事が返ってきます。次の世代に残したいと一本一本植えているそうです。見渡す限りの黄金色の棚田‼
でも・・「これでは儲からんのや。お米はおいしいけど、やればやるだけたいへんや。後継者がいない。何年か経って、急にここに来て後継者になるといっても無理や。都会の者に、田んぼの仕事がいきなりできるはずがない。」とおじいさんは言われたそうです。
(棚田の水の中に流れる雲、青い空。カエルの鳴き声。映像はここ明日香村のありのままの自然をとらえます。)
「あと20年したら、全部ない」と地元のおじいさんが嘆いておられる話を保山さんはして下さいました。
「けれど・・」と保山さんは続けます。「今、この奈良の風景を(映像で)残したら、そこから何かできることがあるかもしれない。」そして、「当たり前の景色はいきなり消える。急になくなるのです。これは進歩なのか、警告なのか・・」と私たちに疑問も投げかけます。

(そしていよいよラストに近づいてきます。)
保山さん「僕からのメッセージです。」と間を置かれてから
「鹿の胃袋から、たくさんのビニール袋がでてきています。ニュースの最後には、外国人観光客の責任にしていましたが、それで本当にいいのですか?あーいう現象はみんなに責任がある。ソムリエの人たちは情報発信しているじゃないですか。僕も含めての警鐘なのです。おなかにビニール袋をいっぱい入れた鹿!これはもう異常事態なのです!!」と声を強めて私たちにも訴えておられました。

8. 大和の祈り
(そして最後の映像とお話は、2017年国民文化祭での上映『大和の祈り』のダイジェスト版でした)

命があと一週間と告げられた人から連絡をもらった時のことだそうです。奈良で生まれ、奈良で死んでいくあと一週間の命という人から「もう一度奈良を見たいから、映像を送ってほしい」と頼まれ、映像を送られます。そして、その人は実際それを見た後に亡くなられたそうです。
「奈良に生まれ、育ったことは、誇りです。」と保山さんは、心をこめて丁寧におっしゃって、締めくくられました。


奈良公園バスターミナルでは、7月6日から月に一回、第一土曜日の午後、保山さんの上映会があります。
今回の総会にもご出席いただいた奈良県奈良公園室長の竹田博康さんとは「これは儲けるためにやってるんじゃない。奈良の魅力を発信したいのです。」というお志が、保山さんとピタリと合って、開催されることになったようです。そしてソムリエの会の皆さんともご一緒に奈良の良さを伝えていきたいと思って下さっていました。

保山さんは、よくぞこのような映像を作って私たちに見せて下さったとありがたい気持ちでいっぱいになりました。私たちが知らなかった素晴らしい奈良まほろばの世界、そして今回は心の奥底にまで響くお話までしていただいて心より感謝するばかりです。
あふれんばかりの拍手と「良かった!」「素晴らしかった!」「感動したわ!」とあちこちで聞こえる声から想像すると、保山さんにはまた日本のふるさと大和の・伝えていきたい美しい奈良の映像を撮っていただき、ぜひ観てみたい!と思われた方はたくさんいらしたことでしょう。心豊かなぜいたくなひとときを過ごされた会員の方々はその余韻を残しながら笑顔で席をたっていかれました。


広報グループ 写真:小林誠一、文:増田優子


                            
posted by 奈良まほろばソムリエ at 18:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月22日

女性グループ(ソムリエンヌ)拓本講座

5月26日(日)奈良女性センターにて、拓本の基礎知識や技法、拓本に必要な用具作り講座を実施しました。拓本の起源は古く、中国の唐の時代より前から始まったと考えられるそうです。

拓本の技法には湿拓と乾拓とがありますが、今回の講座では湿拓を学習しました。
湿拓法で一般的に知られているのが魚拓ですが、被拓物(刻石など)に墨をぬって紙に写しとる方法では、被拓物を汚し、大切な文化財を汚損してしまうことになります。また、とった文字も左文字となるのでNGな方法です。

20190622_01.JPG
ソムリエの会、会員前田昌善氏による特別講座です。まずは湿拓に用いるタンポ(丸めた綿を薄手の絹で包んだもの)の大と小、一個ずつを作ります。
タンポは書画でいう筆と硯の役目をする道具です。

20190622_02.JPG
<てるてる坊主を作る要領です>
拓本には欠かせない必須アイテムのタンポ作りです。表面に凹凸やシワのできないよう注意が必要です。

20190622_03.JPG
<板に彫られた百人一首や短歌を採拓します>

20190622_04.JPG
<名作を拓本にした作品のお披露目>
講師の手直しもあって、ようやく完成です。
早春賦・幾山河(若山牧水)・百人一首より、天の原 ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に 出し月かも(阿倍仲麻呂)

20190622_05.JPG
6月2日(日)拓本講座の第2回目です。
三輪の檜原神社から西へ下った、井寺池(桜井市茅原)周辺で実施しました。
拓本をとる気象条件は、風のない曇天が望ましく、適度に湿度があり、風の無い穏やかな日が好適です。この日はまさに条件ピッタリの拓本日和でした。

20190622_06.JPG
先週のおさらいを兼ねて、拓本のとり方のお手本を見ながら手順を頭に入れます。
さすが手慣れたもので、サクサクと作業をされています。
注意事項を受けたあと、各グループに分かれて、三々五々採拓をスタート!

20190622_07.JPG
<大和は国のまほろば たたなづく青垣山ごもれる大和し美し 倭建命 (川端康成揮毫)>
お互い協力し合いながら、和気あいあいと作業を進めていました

20190622_08.JPG
<かぐ山は 畝火ををしと 耳成と 相あらそひき 神代より かくなるらし いにしへも  しかなれこそ うつせみも つまをあらそふらしき 天智天皇(東山魁夷揮毫)>
拓本にすることで見えにくかった文字が鮮明に浮き上がっています。

20190622_09.JPG
<三諸は 人の守る山 本辺はあしび花咲き 末辺は 椿花咲く うらぐはし山ぞ 泣く児守る山 (久松潜一揮毫)>
こまかい部分が打ちこめなかったり、紙が破れてしまったり。簡単なようで、体力と根気の必要な作業です。

20190622_10.JPG
<いにしへに ありけむ人も わが如か  三輪の桧原に かざし折りけむ 柿本人麿(吉田富三揮毫)>

20190622_11.JPG
≪井寺池をバックに記念撮影≫
同じ碑を採っても、それぞれ個性が際立ちます。
拓本は天候に左右されたり、管理者の許可を得たり、限られた状況のなかで行う苦労の多い作業です。拓本をマスターするのは一朝一夕ならずと痛感しました。
いつか表装できるよう、腕を磨きたいと言う声もありました。


文・写真 女性グループ(ソムリエンヌ)道ア美幸
posted by 奈良まほろばソムリエ at 10:43| Comment(0) | 女性G | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする